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南禅寺 水路閣

Img_1494 山口ももりさんの

南禅寺 水路閣の

絵を拝見しまして

水路閣の上を流れる

琵琶湖の水がどの様になってるか、お知らせ

します、水は奥から手前に流れて蹴上にいたります。

ここえは水路をくぐり右の階段を上がると水路閣の

一番上に来るのです。

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父親たちの星条旗

久しぶりの映画でした、散るぞ悲しき を読み終えて いざどの様な

仕上がりかなと、期待を膨らましたのですが アメリカの人から見ると

英雄の偶像が壊された気持ちだったと、思います。硫黄島摺鉢山

に星条旗を掲げた6人の兵士のうち、3人の物語です、アメリカにも

世論に呼びかける英雄が必要だったのです。マジソン郡の橋

とよく似た構成でした。次は硫黄島からの手紙です 乞うご期待

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散るぞ悲しき

梯久美子著 (かけはし) 散るぞ悲しき 

硫黄島玉砕時の指揮官 栗林忠道中将が

人となりを家族に宛てた、手紙や大本営

あての戦訓電報、生き残られた兵士の

証言、亡くなられた方が家族に宛てた

手紙をもとに、 硫黄島での知られざる

戦いを描いたものです。

軍人としてではなく、普通の父親として

妻、子供にかける愛情がみてとれます。

これは海軍山口多聞少将が奥様に

宛てた手紙と相通じる所があります。

二人とも似通った面があり同じように

亡くなっています。

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77777

Img_1749 私の車も77777になり

今か今かと待ってたん

ですが、車を止める とこ

がなくて、赤信号で止まった

時に一瞬で撮りましたが、ブレてました、ハンドルに

押さえつけてたのに、まだまだ未熟でした。

何かいい事があればと、思っておるしだいです。

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高貴寺 Ⅲ

Img_1763 もう紅葉も色づく頃と思い

高貴寺に、様子を見に

行きましたが、まだ早い

ようで、また誰にも会いません

でした。上の写真は奥の院にある桃園天皇の御生母開明門院の

御髪を葬る石塔です、それで前回の髪の句碑が

あったのです 納得しました。

親戚に不幸がありまして、コメントや更新に時間が

かかりました事をおわびします。

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真田太平記 Ⅱ

Img_1724 池波正太郎著

真田太平記も大坂

夏の陣が終わり

真田幸村の戦死に

大阪城落城と悲しみに

包まれています。その中

玉造にある 真田山

Img_1725 陸軍墓地に行きました

新聞で知りどんな所かな

と思ったのですが、一面に

立つ墓碑には、頭が下がります

Img_1729 日本の歴史を目の当たりに

した思いです。

此処から北に上ると玉造神社が

あります。この鳥居は阪神大震災

Img_1734 の時に倒れたそうです。

大阪城,上田城、友好城郭締結

記念の特別展が開かれて

いる、大阪城は中国、韓国

Img_1742の人々に人気のスポットなのです。

天守閣の展示室はまさに、太平記の

世界なのです、今までの登場人物

が、描かれた掛け軸、手紙、鎧

兜等、いままでのイメージが

もっとふくらみました。

冬の陣、夏の陣 屏風

Img_1448 描かれた、躍動感溢れた

人々の描写は、その時点に

タイムスリップしたようで

本を読んでも、絵巻物が

Img_1449 流れて行くみたいに

進みます。左は安居神社

に建つ 真田幸村戦死の

碑です、太平記を読み

此処まで来たことに

感無量の思いが

あります。

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P38ライトニング Ⅱ

Img_1669 ハセガワ48 P38に

気合を入れて、かかりま

しょうと、オリーブ・ドラブ

の色が土色すぎるので

Img_1747 緑を加えたのですが

今一つ気に、入りません。

もっと茶いろぽいのでしょうか?

操縦席まわりの、剥落は

激しいようで、銀を塗りその上にオリーブ・ドラブを

吹いて、思い切り削り落としました。感じとしては

こんなもんでは、ないでしょうか。排気煙のよごし

をもっとリアルにしたいのですが、写真で見ると

白っぽい様なんですが、わかりません。

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第34回レディーバードクラブ展示会

Img_1741 今回テーマは 滑走路を

使わない飛行機 なので

なるほど、ハリヤー、や

ヘリもはいるんだと

Img_1740 ひとり感心してました。

左の機体は何ていうのか

聞けなかったんですが

張り線がすばらしい

機体でした。模型は作らないと、部品を見てる

だけでは、形になりません、このヤル気をもらって

明日から気合をいれます。

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高貴寺  おまけ

Img_1675 高貴寺までに、推古陵

あります、ここから見ると

方墳である事が解ります。

写真を撮ったのが二子塚

Img_1685 古墳で二つの古墳がそれ

ぞれの石室をもってます。

高貴寺 境内が昭和18年

に史跡指定されたことは

まだ戦争一色ではなかった

のでしょう。

Img_1687 山門よこの、石碑は

女人禁制を うたってる

のでしょうか

今は大峰山と土俵の

上ですか。

帰りに、近つ飛鳥博物館

に周り、特別展 応神大王の時代 を見てきました

河内政権の幕開けと題して、古市古墳群から

出土の埴輪、勾玉、神獣鏡、が並んでます

やはりこの辺りは、歴史の宝庫なのです。

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高貴寺 Ⅱ

Img_1710 本堂脇から、奥の院を

目指して急な石段を

登ると小さな池の中島に

祠がありそれに石橋が

Img_1701 架かっています、そこを

過ぎてさらに登ると、不思議な

形の宝きょう印塔が現れます

逆光に十字架かな?と

思った程でした。前に

回るとユーモラスな顔が

迎えてくれました、

Img_1705 苔むした石段を

踏みしめて奥の院

御影堂に、正面は

崖で横から上がります。

Img_1703 澄み切った空気の

中 日の光に浮かんだ

美しさは 息を呑むほど

のものでした。

その横にある 碑は

だれの歌なんでしょう

境内に入ってから

まったく誰にも会わず

Img_1698おもいっきり散策

し、静寂を堪能しました。

左は本堂横の十三重塔

です、いろいろな石造の

塔が沢山ありました。

本当にこんな近くに素晴らしい古寺がある、

環境に感謝します。

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高貴寺 Ⅰ

Img_1684 推古陵から田んぼ道を

抜けて、山側へ登り道を

喘ぎながら自転車で30分

くらいで、高貴寺に着きます。

Img_1686 今までまったく知らない

所だったのですが、楓や

紅葉の美しい事で知る人ぞ

知る隠れ古寺だったのです。

Img_1693 山門の上に釣鐘が有るなんて

珍しいですよね。ここをくぐり

ますと、椿の垣根がずーと

続く参道を、本堂まで気持ち

の和む雰囲気の中を歩みます。紅葉にはまだ早い

のか、一人も見えてません。ひとりでおもいっきり

この静寂を満喫しました。

Img_1688

本堂の前に しだれ桜が

灯篭に寄りかかるように

りっぱな堂塔伽藍です

庭もきれいに管理

されて気持ちがいいです、このように維持されて

大変なことだとおもいます。

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林家染丸 独演会

四日にワッハ上方で 林家染丸

噺家生活40周年、独演会が

ありました。私と同い年で林家一門を

率いて、落語協会副会長の職をこなし

新しい噺を高座にかけて、皆を

楽しませてくれるパワーに見習いたい

所です。何事にも道を究める

のは、修行や努力の賜物だと

思います。今回まくらの話は

楽しかったです。12月は天満

繁昌亭です楽しみにしています。

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富士重工カレンダー

11月になり富士重工カレンダー

残り一枚になりました、この

WORLD FAMOUS AIRPLANES

二回楽しむのは、私だけでしょうか。

まず買ってきても中を見てはいけません。

さとい人はもうわかったと、そうなんです。

中を見ないでも カレンダーは買えるんです、

小池繁夫氏の 飛行機イラストは世界に誇れる

逸品なのです。そのイラストが6枚(表紙も

入れると7枚)あります。その下に鳥養鶴雄氏の

解説があり、最後に機体の緒元、性能

一行で書かれています。

さて家のカレンダーはトイレに掛かって

おります、表紙をズートと上げると

1月2月が見えて、その上に緒元が

これを見てここに描かれた機体が

何か推察するんです、エンジン、

最大速度、乗員から、知識の

全てをフル動員して、解らなければ

解説にちょっとずつ上げていき

やっとたどり着きます、どんな

イラストかなと想像する楽しみ

これが二ヶ月6回も つづくんです。

こんな楽しい使い方 あなたも

来年挑戦してみては。

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定点観測 Ⅴ

Img_1615 稲刈りも終わり

稲穂を架けて

乾かすなんて最近

見なくなりました。

あの細い稲が立派に育つ過程は稲作民族

ならではでしょう。その横をだんじりが通ります

この年の豊作を祝う一番の行事ではなかった

でしょうか。四季折々の風景が現れるはずだった

のですがうまく、捕まえられなかったようで

まだまだ力不足を痛感しました。

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