高取城にて Ⅰ
回廊をへて車道に出て
少し行くと城への上り口
五千石の城郭は近世の
山城の形態をよく残して
登っていくと石垣が
あらわれます
れた石垣もありますが
きれいに整備されて
くれています。こちらが
壷阪口になります
短編全集四に おお
大砲 というのがあり
城を攻めた時のことが
描かれています
きますと、とても槍と
刀で落ちるような
が、太平をむさぶって
いた武士では守り
切れたか疑わしいです。当時の櫓が
この石垣の上にあったのです。
杉の木がなく漆喰の白さに
巽高取雪かとみれば
雪でござらぬ土佐の城
と読まれたぼどの美しさだったのです。
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コメント
山城であるのに天守のような建築構造物があったんですね。
しかも石垣が綺麗に残っているのですね。
無知な質問で申し訳ないのですが
この城は恒久的な山城のようですが
麓にでも城下町は形成されたのでしょうか?
投稿 シミソ | 2008年4月 1日 (火) 01時10分
途中で投稿になってしまいました(汗)
岩国に行った時に
山の上に岩国城が建ち
麓に錦帯橋で有名な町並み(岩国市)があり
同じような地勢のお城かと思ったものですから。
そういえば津和野もそうかな???
(岩国城より津和野城に似ているかもしれません)
投稿 シミソ | 2008年4月 1日 (火) 01時16分
シミソさん コメントありがとうございます
津和野ほど大きくないですが、山城の石垣と
城下町似ていると思います。鯉は泳いでませんが
大手筋の両側にはきれいな水が流れて、昔ながらの町家が並んでいます ここでひなめめぐりが
行われていました。編集が後先になってしまいましたがひなめぐりが最後です。
投稿 あきみず | 2008年4月 1日 (火) 20時28分
高取城と天誅組ですね。
高取城は正攻法で勝ち取ったのではなかったのですよね。だから落ちたんではなかったかと記憶していますが・・・。あやふやですみません。
このあと、天誅組は政変により哀れなことになりますね。
命を落とした天誅組の人を地元の人たちは.残念さんと呼んで弔ったという話は感動しました。
石垣が見事に残っているて、いいですね。一度は自分がその場に立ってみたいです。
投稿 よだきぼママ | 2008年4月 1日 (火) 22時06分
よできぼママさん コメントありがとうございます 私はそんなに期待していなかったのですが
なかなか来て良かったとすぐに認識を改めました
今まで若い頃からハイキングに行きましたが
久しぶりの感動でした。ぜひ一度訪れてください
司馬さんの短編 おお大砲も面白いです、
投稿 あきみず | 2008年4月 2日 (水) 21時20分