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高取城にて Ⅰ

Img_4324 壷阪寺から五百羅漢

回廊をへて車道に出て

少し行くと城への上り口

Img_4372 に来ました 植村氏2万

五千石の城郭は近世の

山城の形態をよく残して

Img_4326 います 杉木立の間を

登っていくと石垣が

あらわれます

Img_4328 杉や蔦、雑草に巻か

れた石垣もありますが

きれいに整備されて

Img_4329 美しい姿をみせて

くれています。こちらが

壷阪口になります

Img_4330 司馬遼太郎さんの

短編全集四に おお

大砲 というのがあり

Img_4334 幕末 天誅組が高取

城を攻めた時のことが

描かれています

Img_4336 これを頭に描いて

きますと、とても槍と

刀で落ちるような

Img_4335 城ではありません

が、太平をむさぶって

いた武士では守り

切れたか疑わしいです。当時の櫓が

この石垣の上にあったのです。

杉の木がなく漆喰の白さに

巽高取雪かとみれば

雪でござらぬ土佐の城

と読まれたぼどの美しさだったのです。

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コメント

山城であるのに天守のような建築構造物があったんですね。

しかも石垣が綺麗に残っているのですね。

無知な質問で申し訳ないのですが
この城は恒久的な山城のようですが
麓にでも城下町は形成されたのでしょうか?

投稿: シミソ | 2008年4月 1日 (火) 01時10分

途中で投稿になってしまいました(汗)

岩国に行った時に
山の上に岩国城が建ち
麓に錦帯橋で有名な町並み(岩国市)があり
同じような地勢のお城かと思ったものですから。

そういえば津和野もそうかな???
(岩国城より津和野城に似ているかもしれません)

投稿: シミソ | 2008年4月 1日 (火) 01時16分

シミソさん コメントありがとうございます
津和野ほど大きくないですが、山城の石垣と
城下町似ていると思います。鯉は泳いでませんが
大手筋の両側にはきれいな水が流れて、昔ながらの町家が並んでいます ここでひなめめぐりが
行われていました。編集が後先になってしまいましたがひなめぐりが最後です。

投稿: あきみず | 2008年4月 1日 (火) 20時28分

高取城と天誅組ですね。
高取城は正攻法で勝ち取ったのではなかったのですよね。だから落ちたんではなかったかと記憶していますが・・・。あやふやですみません。
このあと、天誅組は政変により哀れなことになりますね。
命を落とした天誅組の人を地元の人たちは.残念さんと呼んで弔ったという話は感動しました。

石垣が見事に残っているて、いいですね。一度は自分がその場に立ってみたいです。

投稿: よだきぼママ | 2008年4月 1日 (火) 22時06分

よできぼママさん コメントありがとうございます 私はそんなに期待していなかったのですが
なかなか来て良かったとすぐに認識を改めました
今まで若い頃からハイキングに行きましたが
久しぶりの感動でした。ぜひ一度訪れてください
司馬さんの短編 おお大砲も面白いです、

投稿: あきみず | 2008年4月 2日 (水) 21時20分

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