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回天の島 大津島 その1

Img_0816 周南市徳山駅前に

そのホテルがあった

のです 徳山港から

Img_0818 船で20分で人間魚雷

回天の基地があった

大津島に着きます。

Img_0819 港から10分程山の中

に回天記念館があり

ます 昭和19年回天の

Img_7515 訓練基地として、大勢の

若者がここで訓練して

出撃してゆきました。

Img_7516_2 空の神風に対して

水中からの体当たり

攻撃しか日本軍には

残されていませんでした。

そこで開発されたのが

Img_7517 魚雷に生還を期さない

人を乗せて攻撃する

回天だったのです。

Img_0834 訓練を受けた搭乗員

は1375名戦没者106

名、平均年齢21.1歳

Img_0830 回天を4隻 甲板に乗せ

出撃した 潜水艦も

多く未帰還になりま

Img_0839 した 自分達の犠牲の

上に祖国の被害を少し

でもなくするべく 

Img_0850 死んでいった若者の

心情を、今の子供達

にも、判ってもらい

気持で一杯です。 おりしも小学生の

子供達と父兄が見学に訪れていました

今の繁栄がこの方々の尊い命により

受け継がれていることを考えてみたい

と 思います。

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旅行」カテゴリの記事

コメント

何故に死ぬ為の訓練、出撃。とても悲しいものであります。
英霊にただただ合掌。

投稿: ハヤテ | 2009年7月21日 (火) 23時53分

本当に、まあ、良くも、こんな酷いことを・・・日本には資源もなく、あるのは忠義一途の若い命だけ。それを粗末にして、全く、これでは勝つ筈がありません。そんな酷いことを平然と言い出した当時の指導者たちは、どうなったのでしょう。ホテルはお安く泊まれましたか

投稿: 山口ももり | 2009年7月22日 (水) 08時09分

始めてしまった総力戦。
国家の存亡をかけて、というけれど、、。
ここまでしなければならなかった理由。
今の国連の常任理事国と規約に答えが見える、。
国家100年の計とは痛い言葉。
彼らのおかげで今があるんだね、、。

投稿: apuro | 2009年7月22日 (水) 18時35分

ハヤテさん コメントありがとうございます
ここを目的に来たのではなく、予約して
近くの旧跡を探すと ホテルの前の
港からすぐに行くことが出来たのです。
そこから伊47を作り関連資料の本を
読み出しました 記念館の中は、当時の
思いがひしひしと伝わってくる そんな
感じをいだきました。

ももりさん コメントありがとうございます
本で読むより実感として伝わってきます この
地で多くの若人がひたむきに訓練に励んだ
跡と思うと、感慨無量です。

apuro さん コメントありがとうございます
ここに行く事をきめて 伊47と回天のことを
調べました プラモも作って持っていきました
今まで深く回天を考えたことがなかったので
ここまで来たかいがあったと思っています。

投稿: あきみず | 2009年7月22日 (水) 20時19分

こちらに行かれていたのですね。
生まれたときから戦争に向き合って
軍国教育を受けてきた青年たちの心情は
私などには容易には想像つきません・・・

梓隊の大艇の乗員の手記とかを読むと
内面では非常な葛藤があったのだと想像
するのみです。合掌

投稿: シロイルカ | 2009年7月22日 (水) 22時58分

シロイルカさん コメントありがとうございます
初めからの目的でなく 徳山にホテルをとって
どこかみる所はないかと探すと、回天の島と
あったので 伊47も作って訪れたしだいです
ミュージアムと違って厳粛な気持で展示品を
見せていただきました。

投稿: あきみず | 2009年7月23日 (木) 16時16分

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