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青森県立三沢航空科学館 その1

  青森県三沢にあります 古牧温泉

に行ってきました。三沢空港から15分

くらいの所にあります。ゆっくり温泉に

つかってリフレッシュしてきました。

Img_8340_2 空港の東端に

航空科学館が

ありますが、車

Img_8355 でしか行けない

所です。大空

ひろばには、

11機も野外展示されています。

中にも入れてパイロット気分も

味わえます。

Img_8427 1931年10月4日

三沢の淋代海岸から

飛び立った、ミス・ビードル

号は世界初の太平洋

無着陸横断飛行に

Img_8428 成功したのです。

その復元機が

展示してあります。

Img_8372 実はここに来る

まで知らなかった

ことでした。

Img_8361 抵抗を減らす為に

車輪を空中で自ら

投下して 最後は

Img_8368 胴体着陸をした

そうです。

リンドバーグの

Img_8369 大西洋横断から

4年と四ヵ月の

ことです なぜこん

なにかかったのか 大西洋が5810Km

太平洋が7817Kmと距離が長いのです。

もう一つ1938年 周回航続距離の世界

記録を樹立した 航研機 の復元機が

Img_8384 展示されていました

実機は終戦まで

羽田に保管されて

Img_8390 いましたが 米軍に

より破棄されてしまい

ました。 この機体より

発展して A26 という双発の長距離機が

完成しました。設計に携わる木村秀政技師が

五戸町を郷里としている等関係者が

青森に馴染み深いことも あるようです。

まだつづきます。

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コメント

航研機、素晴らしいです♪
このプロジェクトはちょっと前に雑誌で見た記憶がありましたがもう完全に完成してたのですね。
すごいアスペクト比ですね~
コレは見てみたいなあ(羨望)

投稿: シロイルカ | 2010年2月 1日 (月) 23時04分

三沢航空科学館に行って来られたんですか。
ここには航研機をはじめ日本航空機史に名だたる名機が揃っているそうですね。

ミス・ビートル号でしたっけ、青森のどこかの海岸に不時着したんではなかったでしょうか?(記憶違いかも)

航空機関連の書籍で読んだ記憶があります。

投稿: シミヤン | 2010年2月 2日 (火) 00時44分

凄い!!!飛行機を見に青森ですって。男のロマンですねえ。青森市には確か三内丸山遺跡があるんじゃないですか。御所市にも行ってらしたんですね。もう少し、温かくなったら、どこかへ行きたいなあ!!!

投稿: 山口ももり | 2010年2月 2日 (火) 11時21分

パングボーン&ハーンドンのベランカですね!。
のちに淋代とウェッチナー(だったっけ?)
の林檎友好になった、、。
もともとリンドバーグはベランカでを選択してて
蹴られたがためライアンに流れたんだよね。
ベランカおそるべし!。

投稿:   | 2010年2月 2日 (火) 19時20分

シロイルカさん
コメントありがとうございます
どうして航研機がここに あるのかなと
思いました。その復元の模様を写した
映像もありました 戦争に係わらなかった
機体を選んだのは、子供達の学習の
場所でもあるからでしょう。

シミヤンさん 
コメントありがとうございます
ミス・ビードル号、YS11、航研機
木村教授が設計に係わった機体と
夢とロマンを感じる飛行機 子供
達に何か掴んでもらえれば嬉しいです
ビードル号は三沢淋代海岸から離陸
してワシントン州ウェナッチ市に
胴体着陸しました。ここに来るまで
知らないことでした。

ももりさん
コメントありがとうございます
主目的は温泉に入りに来たのですが
昼間の時間に航空科学館があるという
ことで 訪ねると思わぬほどの 宝の山
に遭遇しまして、時間が経つのも判らない
ほどに堪能しました ここはタマタマ行く
ところが無かったのですが、大当たりです。

投稿: あきみず | 2010年2月 2日 (火) 20時55分

apuroさん やっと確認できました
ベランカというメーカーなのですか
リンドバーグも同じ機体を狙っていた
なんて だけどライアンにして
良かったのかな 差し入れにりんごを
積んで出発したのも、滑走路の整備や
燃料の積み込みなど 三沢村の協力が
あったので 今姉妹都市として交流
しているのですね。

投稿: あきみず | 2010年2月 3日 (水) 20時25分

 太平洋も大西洋も東へ向かうということは、プロペラ機の高度でも偏西風の影響を受けたということなんでしょうか、航続距離の長さはその4年後の太平洋戦争を睨んでいたのかもと思ってしまいます

投稿: 秋ぎつね | 2010年2月 4日 (木) 17時26分

秋ぎつねさん 
コメントありがとうございます
やはり追い風を受けて飛びたいのでしょう
朝日新聞社が1931年4月20日に太平洋無着陸
横断飛行(本州とカナダのバンクーバーより
南の間を飛行)の最初の成功者に 日本人
なら十万円、外国人ならば5万円の懸賞金を
だすと発表しました それに刺激されて
ビードル号の前に三機が挑戦しましたが
失敗しています。そんなロマン?のある
時代ですね。

投稿: あきみず | 2010年2月 4日 (木) 20時00分

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