白駒池から諏訪郡原村の
ペンションOLDTIME片桐に
泊まりました 次の日は
諏訪湖畔にある
原田泰治
美術館に寄り
ました ほのぼの
とした 人や家屋
仕事をする人
を描かれる
原田さんを知る
のは27年前の
朝日新聞日曜版
からでしょうか
今回は原田さんの絵をキルトで
製作して両方を飾ってあるという
幸運にめぐり合えました ただただ
驚きに一言に尽きます 小さい布を
それは沢山丁寧に色合わせして
作り上げた作品は原画と比べても
同じ迫力でせまってきます。
常設展示の中に万治の石仏と
いうのが、ありました。
諏訪大社下社春宮近くにある
というので、早速訪ねます
春宮の
参拝駐車場
に車を止めて
参拝してから
川沿いの道を
5分ほどで
付きました
なるほど不思議
な石仏です
イースター島
のモアイの
様な顔が印象的
です お地蔵さん
とは違って
お坊様の感じ
がします
原田美術館
で見つけな
ければ
見のがして
いたところ
です 諏訪は
何回も来ている
のに思わぬ
遭遇でした。
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高見石から
同じ道を戻り
白駒池に すぐ
に着きます
その両側は
びっしりと苔に
覆われた幻想的
な世界が広がって
います
高見石からは
思ってもいない
風景です
池を巡る木道
が整備されて
います すれ違い
が 大変ですが
不思議な感覚で
歩くことができる
道すじでした。
この苔が生育できる
環境が整っている
のが どうして
なのか解りません
反対側が池の
側になります
この季節に
紅葉が終わって
いるのか これ
からなのか
良く解らない
のですが
空の青と
水面が同じに
みえる 気持の
よい 景色が
続きます
林の中に
苔の群落が
あるとは思え
ません
白駒荘が見えます その上が
高見石なのです。
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上田から佐久平で
宿泊して朝7時半に
出発してR141から
299メルヘン街道を麦草峠へと登ります
標高2115の白駒池まで1km高度差が
あります。入り口前の有料駐車場は
8時40分に着いたのに、もう満車
でしたが、20分程で入ることが
できました。よかった
白駒池の手前で
高見石に向います
なだらかな登りを
50分で高見石小屋
に着きました。その
裏に高見石があります。
沢山の岩の集まりの
中をロッククライミング
の要領で上を目指します
頂上からの眺めは
素晴らしいもので
眼下に白駒池が
見えます 下りは同じ道をとります
もう一方はきつい坂道で滑りやすい
ために避けたほうがいいです。
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長野県上田市真田
町に真田太平記の
世界を求めて 訪れ
ました 角間渓谷に
ある岩屋観音洞窟
に登る階段です
せり出した岸壁の
下にお堂があります
この当りは奇岩が
多く猿飛岩、幸村が
鞍を外した岩も
見て廻れます
真田昌幸が
上田に城を築く
前の本拠だった
ところで、こちらの
ほうが史跡が良く
残っています
上が真田歴史館
そこから北に
真田氏本城跡を
過ぎると長谷寺
そこに昌幸と父の
幸隆夫妻のお墓が
あります
その中に日露の
戦いの中203高地
で戦死された方の
お墓がありました
グッと実感が湧きます
こちらが真田氏の
本城跡 上からは
上田市外を見渡せ
ます
ここから上田に
新しく城を築いた
のです 徳川の
大軍を二度も
退けた武勇は
池上正太郎氏
の著書に魅力
的に描かれて
います
同じ地に立って
往時を偲ぶのは
なかなか難しいです。
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奥霧が峰の
八島ヶ原湿原に
足を延ばしました
新田次郎著 霧の子孫たち に描かれた
場所で 一度見てみたいと思って所
です ビィーナスラインがここを縦断
するのを地元の有志が
反対運動を展開して
当初ルートから迂回させた
のです 今この景色
貴重な植物を
目にすることが
出来るわけです
かわいい花が咲いています
アカバナシモツケ
エゾカワラナデシコは
ここだけしか
見ませんでした
サラシナショウマ
フシグロセンノウ
上から見た湿原
からは想像できない
かれんな花が咲いていました

湿原一周は
木道が整備されて
90分でゆっくり
廻る事が出来ます よくこの場所が
残されたものだと思い散策してきました。
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河口湖飛行館を
後に 今日の泊まりは
諏訪郡原村にある
ペンションです 標高が上がるとさすがに
すずしい風が入ります
きさくなご夫妻に
迎えてもらいます
とりあえず荷物を
おいて日帰り温泉
に行きます
八ヶ岳の裾になる
高原野菜の産地
です
部屋はドライフラワー
でいっぱいです
夕食は奥さんの
心のこもったかずかず
に まんぷくです 夕食後ギターとピアノ
の 弾き語りでフォークソングを楽しみ
ます 青春時代の
懐かしい曲ばかりを
めいっぱい歌います
朝は6時半から近く
で朝市が開かれます
野菜だけでなく 工芸品
絵はがき、陶器、と色んなお店が並びます
8時には終わり次の場所に移動するそうです
朝食は新鮮な野菜がたくさん 苦手なセロリの
美味しかったこと ゆっくりとして出発しました。
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永明寺から一度下
に降りて再び登ると
乙女峠にあるマリア
聖堂に着きます
前に来た時よりも
明るくなっています
この時の写真は
リバーサルだったので
何処にいったか
判りません 比べてみたいです
この後食事をして駅に戻ると蒸気機関車
山口号が、入ってくるとの事 早速線路に
向かいます来ました
汽笛の音が聞こえます
動体保存されてる
梅小路蒸気機関車館
よりも現役で走る姿は
迫力十分です ターン
テーブルで方向転換
している所まで、近くで
みれました 以前はバス
ツァーで大勢の人が
見に来られてたそうです
ゆっくりと堪能できました。
このあと安野光雅美術館によります
童話の挿絵や表紙
等温かみのあるやさしい
絵が飾られています
展示ばかりでなく
プラネタリュウムの部屋
私の子供の頃の教室、
図書室があります
ゆっくりと和ませる
時間が過ぎていきます 気持のよい
美術館でした。
これから徳山に向うのでした。
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山陰の小京都と
呼ばれる津和野を
訪れたのは昭和
46年でした
18日から車を走らせ
朝9時前に着きました
掘割に泳ぐ大きな鯉
赤いトンネルの鳥居が
並ぶ太鼓谷稲荷神社
20日に鷺舞が
あるのですが見れ
ませんでした。
駅の裏側にあたる
山の裾に永明寺が
あります 本堂が茅葺き
という珍しい作りですが
曹洞宗石州本山と呼ばれて
いました。境内には森鴎外
坂崎出羽守の墓もあります。
前回はここには寄ら
なかったのですが
庭園の眺めはそれは
気持を和ましてくれます
観光コースからは外れて
いるのが、ゆっくりさせて
もらえるのでしょう
大阪落城さい城内から
千姫を助け出した
坂崎出羽守が藩主で
ある時があったなんて知りませんでした。
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19日に津和野から
徳山に着いたのが
16時でした、明日が
海の日という事で
なんと護衛艦とイー
ジス艦2隻がここで
一般公開されていました。公開時間が
すぎていましたので、岸壁から眺める
だけでした。もっと早く着いたら大津島
に行く予定でした。
20日イージス艦の
横を通って大津島
行き帰ってきたのが
11時でした 13時からの
公開までに 食事をして
いると凄い雨が降り出して
公開があるのかどうか
心配です。1千円の昼食
ボリュウムがあって 美味しかったです。
雨の中シャトルバス200円を払って岸壁の
端まで向かいます
土砂降りの中
見学するのも
大変です いつもは
ブリッジまで上がれ
たのですが、滑って
危険なので甲板だけ
でした。イージス艦は
初めてで 雰囲気が
違うような感じです。
おおなみ 搭載の
対潜ヘリです。
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周南市徳山駅前に
そのホテルがあった
のです 徳山港から
船で20分で人間魚雷
回天の基地があった
大津島に着きます。
港から10分程山の中
に回天記念館があり
ます 昭和19年回天の
訓練基地として、大勢の
若者がここで訓練して
出撃してゆきました。
空の神風に対して
水中からの体当たり
攻撃しか日本軍には
残されていませんでした。
そこで開発されたのが
魚雷に生還を期さない
人を乗せて攻撃する
回天だったのです。
訓練を受けた搭乗員
は1375名戦没者106
名、平均年齢21.1歳
回天を4隻 甲板に乗せ
出撃した 潜水艦も
多く未帰還になりま
した 自分達の犠牲の
上に祖国の被害を少し
でもなくするべく
死んでいった若者の
心情を、今の子供達
にも、判ってもらい
気持で一杯です。 おりしも小学生の
子供達と父兄が見学に訪れていました
今の繁栄がこの方々の尊い命により
受け継がれていることを考えてみたい
と 思います。
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