原田泰治美術館と万治の石仏

白駒池から諏訪郡原村の

ペンションOLDTIME片桐に

泊まりました 次の日は

諏訪湖畔にある

Img_7785 原田泰治

美術館に寄り

ました ほのぼの

とした 人や家屋

仕事をする人

Img_7786 を描かれる

原田さんを知る

のは27年前の

朝日新聞日曜版

からでしょうか

今回は原田さんの絵をキルトで

製作して両方を飾ってあるという

幸運にめぐり合えました ただただ

驚きに一言に尽きます 小さい布を

それは沢山丁寧に色合わせして

作り上げた作品は原画と比べても

同じ迫力でせまってきます。

常設展示の中に万治の石仏と

いうのが、ありました。

諏訪大社下社春宮近くにある

というので、早速訪ねます

Img_1451 春宮の

参拝駐車場

に車を止めて

Img_1452 参拝してから

川沿いの道を

5分ほどで

付きました

なるほど不思議

な石仏です

Img_1454 イースター島

のモアイの

様な顔が印象的

Img_1458 です お地蔵さん

とは違って

お坊様の感じ

がします

原田美術館

で見つけな

Img_1464 ければ

見のがして

いたところ

です 諏訪は

何回も来ている

のに思わぬ

遭遇でした。

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八ヶ岳 白駒池と高見石 その2

Img_1444 高見石から

同じ道を戻り

白駒池に すぐ

Img_1400 に着きます

その両側は

びっしりと苔に

覆われた幻想的

な世界が広がって

います 

Img_1405 高見石からは

思ってもいない

風景です

Img_1407 池を巡る木道

が整備されて

います すれ違い

Img_1437 が 大変ですが

不思議な感覚で

歩くことができる

道すじでした。

この苔が生育できる

環境が整っている

Img_1417 のが どうして

なのか解りません

反対側が池の

側になります

Img_1435 この季節に

紅葉が終わって

いるのか これ

Img_1425 からなのか

良く解らない

のですが

Img_1429 空の青と

水面が同じに

みえる 気持の

Img_1433 よい 景色が

続きます

林の中に

Img_1436 苔の群落が

あるとは思え

ません

白駒荘が見えます その上が

高見石なのです。

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八ヶ岳 白駒池と高見石 その1

Img_1378 上田から佐久平で

宿泊して朝7時半に

出発してR141から

299メルヘン街道を麦草峠へと登ります

標高2115の白駒池まで1km高度差が

あります。入り口前の有料駐車場は

8時40分に着いたのに、もう満車

でしたが、20分程で入ることが

できました。よかった

Img_1385 白駒池の手前で

高見石に向います

なだらかな登りを

Img_1397 50分で高見石小屋

に着きました。その

裏に高見石があります。

Img_1386 沢山の岩の集まりの

中をロッククライミング

の要領で上を目指します

Img_1393 頂上からの眺めは

素晴らしいもので

眼下に白駒池が

見えます 下りは同じ道をとります

もう一方はきつい坂道で滑りやすい

ために避けたほうがいいです。

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信州真田の庄 上田城跡

Img_1336 長野県上田市真田

町に真田太平記の

世界を求めて 訪れ

ました 角間渓谷に

ある岩屋観音洞窟

に登る階段です

Img_1339 せり出した岸壁の

下にお堂があります

この当りは奇岩が

多く猿飛岩、幸村が

鞍を外した岩も

見て廻れます

Img_1341 真田昌幸が

上田に城を築く

前の本拠だった

Img_1340 ところで、こちらの

ほうが史跡が良く

残っています

Img_1347 上が真田歴史館

そこから北に

真田氏本城跡を

Img_1348 過ぎると長谷寺

そこに昌幸と父の

幸隆夫妻のお墓が

Img_1350 あります 

その中に日露の

戦いの中203高地

で戦死された方の

お墓がありました

グッと実感が湧きます

Img_1353 こちらが真田氏の

本城跡 上からは

上田市外を見渡せ

Img_1354 ます 

ここから上田に

新しく城を築いた

Img_1359 のです 徳川の

大軍を二度も

退けた武勇は

Img_1363 池上正太郎氏

の著書に魅力

的に描かれて

Img_1358 います

同じ地に立って

往時を偲ぶのは

なかなか難しいです。

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八島ケ原湿原

Img_1162 奥霧が峰の

八島ヶ原湿原に

足を延ばしました

新田次郎著 霧の子孫たち に描かれた

場所で 一度見てみたいと思って所

です ビィーナスラインがここを縦断

Img_1190

するのを地元の有志が

反対運動を展開して

当初ルートから迂回させた

 Img_1189 のです 今この景色

貴重な植物を

目にすることがImg_1170 出来るわけです

かわいい花が咲いています

アカバナシモツケ

Img_1172

エゾカワラナデシコは

ここだけしかImg_1177 見ませんでした

サラシナショウマ

Img_1184

フシグロセンノウ

上から見た湿原

からは想像できない

かれんな花が咲いていました

Img_1171

湿原一周は

木道が整備されて

90分でゆっくり

廻る事が出来ます よくこの場所が

残されたものだと思い散策してきました。

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諏訪原村 KATAGIRI PENSION

Img_1137 河口湖飛行館を

後に 今日の泊まりは

諏訪郡原村にある

ペンションです 標高が上がるとさすがに

すずしい風が入ります

Img_1145 きさくなご夫妻に

迎えてもらいます

とりあえず荷物を

おいて日帰り温泉

に行きます

八ヶ岳の裾になる

Img_7639 高原野菜の産地

です 

部屋はドライフラワー

Img_7643 でいっぱいです

夕食は奥さんの

心のこもったかずかず

に まんぷくです  夕食後ギターとピアノ

の 弾き語りでフォークソングを楽しみ

Img_7647 ます 青春時代の

懐かしい曲ばかりを

めいっぱい歌います

Img_7650 朝は6時半から近く

で朝市が開かれます

野菜だけでなく 工芸品

絵はがき、陶器、と色んなお店が並びます

8時には終わり次の場所に移動するそうです

朝食は新鮮な野菜がたくさん 苦手なセロリの

美味しかったこと ゆっくりとして出発しました。

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津和野散策 その2

Img_0749 永明寺から一度下

に降りて再び登ると

乙女峠にあるマリア

聖堂に着きます 

前に来た時よりも

明るくなっています

Img_0751 この時の写真は

リバーサルだったので

何処にいったか

判りません 比べてみたいです

この後食事をして駅に戻ると蒸気機関車

山口号が、入ってくるとの事 早速線路に

Img_0758 向かいます来ました

汽笛の音が聞こえます

動体保存されてる

Img_0766 梅小路蒸気機関車館

よりも現役で走る姿は

迫力十分です ターン

Img_0777 テーブルで方向転換

している所まで、近くで

みれました 以前はバス

Img_0779 ツァーで大勢の人が

見に来られてたそうです

ゆっくりと堪能できました。

このあと安野光雅美術館によります

Img_0763 童話の挿絵や表紙

等温かみのあるやさしい

絵が飾られています

Img_7566 展示ばかりでなく 

プラネタリュウムの部屋

私の子供の頃の教室、

図書室があります

ゆっくりと和ませる

時間が過ぎていきます 気持のよい

美術館でした。

これから徳山に向うのでした。

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津和野散策 その1

Img_0756 山陰の小京都と

呼ばれる津和野を

訪れたのは昭和

Img_0711 46年でした 

18日から車を走らせ

朝9時前に着きました

Img_0719 掘割に泳ぐ大きな鯉

赤いトンネルの鳥居が

並ぶ太鼓谷稲荷神社

20日に鷺舞が

あるのですが見れ

ませんでした。

Img_0726 駅の裏側にあたる

山の裾に永明寺が

あります 本堂が茅葺き

Img_0729 という珍しい作りですが

曹洞宗石州本山と呼ばれて

いました。境内には森鴎外

坂崎出羽守の墓もあります。

前回はここには寄ら

なかったのですが

Img_0738 庭園の眺めはそれは

気持を和ましてくれます

観光コースからは外れて

Img_0743 いるのが、ゆっくりさせて

もらえるのでしょう

Img_0744大阪落城さい城内から

千姫を助け出した

坂崎出羽守が藩主で

ある時があったなんて知りませんでした。

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護衛艦 おおなみ イージス艦 ちょうかい

Img_0801 19日に津和野から

徳山に着いたのが

16時でした、明日が

Img_0794 海の日という事で

なんと護衛艦とイー

ジス艦2隻がここで

一般公開されていました。公開時間が

すぎていましたので、岸壁から眺める

だけでした。もっと早く着いたら大津島

Img_0812 に行く予定でした。

20日イージス艦の

横を通って大津島

Img_7487 行き帰ってきたのが

11時でした 13時からの

公開までに 食事をして

Img_7484 いると凄い雨が降り出して

公開があるのかどうか

心配です。1千円の昼食

ボリュウムがあって 美味しかったです。

雨の中シャトルバス200円を払って岸壁の

端まで向かいます

Img_7497 土砂降りの中

見学するのも

大変です いつもは

Img_7507 ブリッジまで上がれ

たのですが、滑って

危険なので甲板だけ

でした。イージス艦は

初めてで 雰囲気が

Img_7486 違うような感じです。

おおなみ 搭載の

対潜ヘリです。

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回天の島 大津島 その1

Img_0816 周南市徳山駅前に

そのホテルがあった

のです 徳山港から

Img_0818 船で20分で人間魚雷

回天の基地があった

大津島に着きます。

Img_0819 港から10分程山の中

に回天記念館があり

ます 昭和19年回天の

Img_7515 訓練基地として、大勢の

若者がここで訓練して

出撃してゆきました。

Img_7516_2 空の神風に対して

水中からの体当たり

攻撃しか日本軍には

残されていませんでした。

そこで開発されたのが

Img_7517 魚雷に生還を期さない

人を乗せて攻撃する

回天だったのです。

Img_0834 訓練を受けた搭乗員

は1375名戦没者106

名、平均年齢21.1歳

Img_0830 回天を4隻 甲板に乗せ

出撃した 潜水艦も

多く未帰還になりま

Img_0839 した 自分達の犠牲の

上に祖国の被害を少し

でもなくするべく 

Img_0850 死んでいった若者の

心情を、今の子供達

にも、判ってもらい

気持で一杯です。 おりしも小学生の

子供達と父兄が見学に訪れていました

今の繁栄がこの方々の尊い命により

受け継がれていることを考えてみたい

と 思います。

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