藤原宮 現地説明会

Img_8001 11月29日に藤原宮

での発掘調査の現地

説明会がありました

Img_7847 前回コスモスの咲いて

いる時に見たのは

発掘中で柱も立って

Img_8002 いました。

西に畝傍山がその

後ろが葛城山左が

Img_8003 金剛山です奈良県

側から見るとなだらか

な山容です 

Img_8004 実は13時半からの

説明を朝早くでかけて

中に入れませんでした

Img_8005 こんな事はめったに

ないのですが

残念なことで

次の予定があるので今回はここ

で撤収しました。

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奈良高市郡高取町薩摩遺跡 現地説明会

Img_7994 古代の灌漑用

ため池から水を

通す木樋(もくひ)

Img_7960 が見つかりました

現説と聞いて

じっとしてる訳には

Img_7961 行きません 

丸太を幅20深さ

20cmにくり抜いて

Img_7971 天面に蓋をして

隙間に杉の皮を

詰めてあった

Img_7974 そうです 水は

生活、農耕に

欠かせない貴重

Img_7976 なもので、その

維持に当時の

技術を集めて

Img_7966_2 作られたもの

でした 池の底

から見つかった

Img_7965 奈良、平安時代の

土器と木簡です

波多里長檜前

Img_7967(はたのりちょう

ひのくま) 村主

(すぐり)が池を

作った と記されて

います

Img_7969 ここも道路の

建設で見つかった

ようで そこまで

せまってきています。

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奈良櫻井 纏向遺跡現地説明会

Img_7884 今新聞を賑わして

います 卑弥呼の

王宮ではないかと

Img_7885 いわれる纏向遺跡

に朝早く出かけました

今回は建物CとDの

Img_1884 柱穴が見つかりました

前回3月22日に書き

込みました 建物B

Img_1888 と東西の軸線が

同一上にきています

建物Dは南北19.2m

Img_1891_2 東西12.4mと3世紀

中頃までの建物遺構

としては国内最大の

規模をなすものなりました。この場所が

纏向遺跡の中心的な人物がいた居館域

と考えられます。 柱穴の柱は全て抜き

取られて他に転用されたようで、何も

残っていませんでした。

Img_1901_2 帰り道慶田寺

に織田有楽の

お墓があると

いうので廻って

みました 信長の

弟で秀吉の御伽衆

をつとめて銀座有楽町の元になった

方のお墓がどうしてここにあるのでしょう。

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奈良櫻井 茶臼山古墳 現地見学会

Img_7849 三輪山の南

JR櫻井から

東1Kmの

Img_7851 所にあります

茶臼山古墳の

水銀朱が全面に

Img_1487 塗られた石室が

公開されています

墳丘の盛り土が

削り取られ天井石

と玄室が見えます

どれも朱色に塗ら

Img_1492 た大きな天井石と

薄い板を積み上げた

側壁から出来て

Img_1491 います 

石室の中には

木棺がありましたが

Img_1497 盗掘で破損して

あり原型を失って

しまっていました

保存の為に運び

出されています

全長200mの

Img_1499 前方後円墳で

竪穴式石室が

完存して見ること

のできる最古の

古墳だそうです

山の辺はよく

Img_1500 歩くのですが

こちらの方には

来た事なかった

ので 新しい発見がありました

Img_1507 今日は

ハロウィン

です

こんなのも

見つけました。

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藤井寺 津堂城山古墳 現地説明会

大阪府藤井寺市は古市古墳群

の北側に位置します 

Img_7748_2

津堂城山古墳は

左上にあります

古市古墳群内では

最も古く造営された

Img_7733 前方後円墳で室町

時代に城が築かれ

墳丘はかなり削られて

います 今回は墳丘を覆う葺き石から

Img_7734 後円部が4段構造

ではないかと推察

される遺構が見つかり

Img_7740 ました 1段目テラス

に円筒埴輪列の後が

見えます 

Img_7736 城を作った時の

土塁の土が葺き石を

上手くその形態を

守ってくれた訳で

全周にこの様に

Img_7741 覆われていた

のです

宮内庁の陵墓

Img_7742 参考地に指定

された頂上部

に石棺が

見つかり埋め戻されています

帰りは古墳をめぐり帰ります。

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甘樫丘東麓遺跡 現地見学会

Img_7415 明日香村甘樫丘

の駐車場上がその

会場です 飛鳥寺

Img_7417 の近くです 雨が

降るという事でしたが

一つも降らなかった

Img_0668 駐車場が一杯になる

前に早く来ましたので

飛鳥寺に手前が入鹿の

首塚といわれています

ちょうど田植えが終わった

ところで ここから甘樫丘

Img_0671 に登ります 145m程で

上から望む飛鳥寺は田んぼ

に面しています この地に

Img_0673 蘇我蝦夷、入鹿親子が

邸宅を建てたと記されて

います 

Img_0695 特に前回からの石垣が

どこまで続くか解ったよう

です 蘇我氏が渡来人の

Img_0683 技術をつかって、土地の

造成、補強をおこなった

かも解りません

Img_0690 大化の改新で入鹿が

殺された時に、蝦夷は

屋敷に火を放って蘇我氏は

滅んだといわれています。そんな思いが

めぐる今回の見学説明会でした。

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纒向遺跡 現地説明会

Img_0434 奈良県櫻井市にある

纒向遺跡で柵で区画

された建物の柱跡が

Img_0435 見つかりました。今日は

雨と言う予想を覆して

曇りで、さすがに新聞に

Img_0410 卑弥呼と同時期と書かれて

いては大勢のファンが

見えるのは致し方ないこと

Img_0428 です。卑弥呼の墓と言われる

箸墓古墳はこの南に見えます

10時からの説明に纒向遺跡の

Img_0433 全体の保存整備にむけての

調査とを兼ねているそうで

まだ未調査の東側区画も

Img_0439 いずれ掘るので何が出るか

楽しみだそうです。5枚目

右奥にみえるのが箸墓

古墳です。 最後が出土した土器です

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奈良明日香  飛鳥京、石神遺跡 現地説明会

Img_6948 明日香で二ヶ所の現地

説明会があるというので

さっく駆けつけました

Img_6950_1 この辺りは飛鳥京の

宮殿が立ち並んでいた

所で幾度も現説がありました

Img_6928_1 今回は飛鳥寺のすぐ傍

になる外郭北部の発掘

になります 庇の付いた

Img_6929_1 雨落ち溝がある建物と

その前が砂利敷きの

広場になっているのが

Img_6949 分かるそうです。

石神遺跡は飛鳥寺の

北側にある外国使節を

Img_6937_1_2 饗宴する施設があった

所です ここも何回か

現説がありました

Img_6942_1 13時半からですが

今にも降りそうな雲で

早々に見学だけして

Img_6947_1 帰ってきました

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橿原市観音寺Ⅰ区縄文時代晩期中葉遺構面 現地説明会

Img_6596 御所市の発掘している

北側の道路を挟んで

橿原市観音寺地区を

Img_6587 橿原考古学研究所が

発掘しています おくに

見えるのが葛城山です

Img_6563 広大な範囲で発掘している

のが解ります その為に

川跡も確認されそれにより

Img_6564 土器棺墓が河道に沿うように

ほぼ等間隔に点在するのも

あることが解りました

これだけの広範囲を発掘

出来るのも高速道路の

Img_6566 インターチェンジにあたる

為だそうで時間的な

プレッシャーを受ける

ようです 左はテレビでも

紹介されました土偶です

Img_6589 口の上にある穴二つは

目ではなく耳だそうで

目の場合はまつげが

ついて凸になっている

そうです 性別ははっきり

Img_6568 したのはありませんが

ほとんど女性を表して

います その下は

Img_6569 乳房をある土偶の

一部です 

左もよくテレビで紹介

されました石棒です

これも祭器の一つ

Img_6570 で男性器を表して

います

出土品はこれだけで

あとは現場にそのまま

残っていますが

Img_6572 これも一つ一つ取り

外して整理するそうで

四月から夏の暑い時に

Img_6575 みんな手で掘る大変さ

を知ってほしいとの事です

遺跡の発掘は何が出るか

Img_6576 解らないのが作業の

エネルギーとなるわけです

この場所は昔から田んぼ

Img_6578 だったところで地盤が

荒れていなく発掘には

好都合の場所といえる

Img_6580 Img_6583

Img_6584 所でした これ等の

配置により当時の

人の行動や意識が

わかってくるそうです

Img_6586 長い間お付き合い

いただきありがとう

ございました

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京奈和自動車道関係遺跡 本馬地区 現地説明会

Img_6594 奈良県御所市(ごせし)

の高速道路建設に伴う

発掘調査で縄文時代

Img_6595 晩期(3000年前)の

住居跡、土器棺墓、土偶

が見つかりました その

Img_6552 現説に近鉄御所から歩いて

30分の本馬という所に行き

ました まだ正式な遺跡名は

Img_6547 付いていません 前回もこの

北側で大きな水田跡が見つかって

おり古代から人々の営みが

Img_6548 続いてきた所です 

住居跡は柱穴の位置から

直径9mで中心に炉跡が

Img_6549 確認されています

土偶は作りが扁平で

装飾のない西日本の

Img_6553 縄文晩期の特徴を

備えています 石器は

この北西にある二上山

Img_6554 で産出するサヌカイト

が使われています

3000年前の人が

Img_6562 これ等を作り上げていた

のは驚きとともに、

当時の生活手段が伝わって

きました 

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