外山区報恩寺と藤原宮のコスモス
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藤井寺に行くまでの途中に
羽曳野にある野中寺を
野中寺は、
八尾市の勝軍寺
「下の太子」、太子町の叡福寺
「上の太子」とともに「中の太子」と
呼ばれ、聖徳太子の造立
と伝えられています。
書きます
朱色の
南大門から
入ります
古代に渡来した百済王の子孫の
葛井氏の氏寺が始まりとされます。
です ゆっくり
と見学した
ことがなかったので、改めて
地域の歴史に興味を持ちます
も古市では
4番目の
なります
大きな堀を
構えた古墳ですが、中世に城郭
として使用されたので、形が変わって
しまっているそうです
次が日本武尊
白鳥陵と続きます
ふさわしい しゅら
ホールがあります
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時間があったので
大神(おおみわ)神社
をとっていきました。
少し行くと狭井(さい)神社
美味しい事で有名でペット
ボトルに入れて帰ります
普段はパスして寄って
行かないのですが
新しい機器が装備されて
コップを殺菌するケースが
ありました 色々と気を
使っておられます
ここからヤマトの国原を
一望できる展望台に
右端が二上山です
大鳥居の横が天香久山
でます。奈良の南側に
なります
西に下ると、箸墓が
見えてきます
呼ばれる前方後円墳
です 左奥に二上山
一円が纒向遺跡に
なる場所です
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が開かれました 昼から
晴れてきたので自転車で
出かけます。いつもは
ひっそりとしている通りも
大阪場所が開かれるので
お相撲さんもイベントに
田中家住宅から、天井の
梁も立派なものです
置かれたお雛様、反対の
納戸には壇飾りのお雛様
のに趣があります。生活の
中に自然の要素を取り入れて
いたのですね。冷暖房のない
頃の先人の知恵が生きています
あまりにも便利な生活に
慣れてしまったので
このような町家に、思いが
違い棚に置かれた
お雛様もすてきです
機能と収納を一体に
したもので、むかしの
人のほうがよく空間と
デザインを調和させて
います まだ続きます。
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早く着きすぎたので
近くの飛鳥寺に寄りました
いつもは境内を通り過ぎる
だけなのですが、中を
拝観させてもらいました。
事がありましたが、今は
堂内の写真撮影は自由です
と言われて、一眼の操作方法
も兼ねて撮りまくりました。
三脚はダメでしたので
スピードで絞り優先で撮り
ましたが、シャープさが
ないでした。内臓の
フラッシュでは光が
届きません ISO400
1600に上げると何に
影響が出るのでしょうか
(これは試すのを忘れて
いました) まだ使い勝手
に戸惑いがあります
おかげで縮小できました
貴重な情報をいただき
感謝しています ありがとうございました。
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神武天皇陵までの
原生林の中に海軍殉職
があります だいぶん昔に
見た記憶がありましたので
の乗組員の慰霊碑と第十三期
海軍甲種飛行予科練習生の
碑が手入れをされた一角に建っています
からエンガノ岬で戦没する
までの作戦時の名簿に
多くの方々の命を奪った
戦争というものを起こさない
ように政府、防衛省に気を付ける事が大切です
名前もみえます
ここには遺族の方が
見えられるそうですが
このところは少なく
されておられる方が
おっしゃっていました
綾波を持っていき
まして手をあわせて
きました
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の終い弘法で近鉄東寺
は電車が入ってきたのに
ホームは人で溢れていました 東寺まで人の
ないほどに満員で横にそれて
洛南高校の前の露天が並ぶ
一杯の人並みで早々に
諦めてJR京都駅に向かいました
終い弘法は初めてで、夜中の2時に品物を搬入
して4時にはお客さんが買いに来るそうで良いもの
はもう売れたそうです 来年はもっと早く来る事に
交響楽団がコンサートを
開いておりました 寒い中
聞かせてもらいました
こんな後ろから聞くなんて
事は無かった事で久しぶりの生演奏に
堪能しました
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早い京都まで行かずに
長岡京市にある西山
に出かけました 阪急
長岡天神からスタート
光明寺に まだ少し早いみたいですが赤く色付いた
のとよいコントラストを見せてくれます
してましたが薄日も
さしてきました グルット
回遊出来るようにされて
います 来週にはもっと
大勢の方がみえるのでしょう これくらいで
よかったです ここから善峯寺まではタクシー
良くありません 細い道を
かなり上がって行きます
具合に見られます 左は
樹齢600年の五葉松で
と呼ばれています
境内は山に沿って上に
堂からは京都市内と
山崎、八幡、枚方と
何処までも見渡せる
高台になってます
道が一本で見ごろの時は車も動かない
混雑やそうで早く来て良かったです
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でしたが、とりあえず
明日香の案山子祭りに
百選に選ばれた所です
そこに趣向を凝らした
案山子が並んでいます
車に自転車を二台積んで
車を置いて出発です
9時過ぎなのに大勢の
一杯です 彼岸花も
ちょうど咲き始めて
稲の緑と赤のコント
ラストは日本の
の趣があります
明日香はよく来た
から南にあるここ
までは初めての
きてよかったです
こちらに来られる
立派な一眼レフと
三脚を持ってこら
私たち団塊の世
代のパワーの表
ほんとにカメラを
持ってる人ばっかり
最高なんだと思います
白にピンクがかかった
彼岸花です 白いのは
見たことがありますが
でした 花の形も
違うようで 又違った
美しさがあります
ほんの5本くらいしか
見当たりませんでした 雨という予報も
すっかり外れていい気持です
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かなと 吉野に桜を探して
やって来ました 上千本も
もう終わりに近く 水分神社
の しだれ桜が、ちょうど見
休日を桜と過ごそうと、多くの
人達が上へ上へと登って
神社から金峰神社まで
かなりきつい登りで、そこを
車も通るのです 金峰神社
から奥千本まで雨で
登ります、左は義経隠塔
があります
ので今が見ごろに、ここ
まで登ってきた甲斐が
あります この広場に
西行庵が残されていま
の修行者しか通らない
所で、芭蕉も訪れて
います 苔清水で
一句詠んでおられます
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このように切り立って
おりスリルがあります
本丸から国見櫓跡を
みて宇陀門跡まで
石垣も崩れている箇所
もあり整備の大変さが
から見た大和平野奥の
コブが在るのが二上山
左が葛城山、右が生駒
中央が橿原神宮
みた猿石、右に行くと
石舞台につきます
土佐に、途中家老屋敷
長屋門まで40分の
だします、こちらからの
登りは薦められません
城下の町なみに
はいり道の両側を
当時の面影が残る
軒先におひなさまを
見ながら、近鉄壷阪山駅に来ます
ここからバスで壷阪寺に戻り車で
帰途につきました。
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回廊をへて車道に出て
少し行くと城への上り口
五千石の城郭は近世の
山城の形態をよく残して
登っていくと石垣が
あらわれます
れた石垣もありますが
きれいに整備されて
くれています。こちらが
壷阪口になります
短編全集四に おお
大砲 というのがあり
城を攻めた時のことが
描かれています
きますと、とても槍と
刀で落ちるような
が、太平をむさぶって
いた武士では守り
切れたか疑わしいです。当時の櫓が
この石垣の上にあったのです。
杉の木がなく漆喰の白さに
巽高取雪かとみれば
雪でござらぬ土佐の城
と読まれたぼどの美しさだったのです。
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有るというので、車で
壷阪寺まできました。
の拝観はパスして高取
城に向いますが途中に
そこを巡って行きます
落ち葉が一面敷き詰めた
込まれた仏様がみえます
こんな一枚岩に沢山の
いるのは初めて見ました
岩がもろく割れて崩れてる
感じられます 曼荼羅も
岩に掘り込まれており
あるとそこに、いろんな
仏様が現れてくるのです
こんな素晴らしい演出が
がされてるなんて、
驚きの連続でした
見のがしてしまうおそれ
がありました
容姿の違った仏様が
見える場所は他に
次は高取城です
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奈良でありました
中和幹線道路の工事に
試掘したところ、発見
されたそうで、弥生前期
囲まれた大規模な農耕
集落です、人口増加に
大溝9までなってそこに
橋が架けられた跡もわか
りました。川西根成柿遺跡の南500mの
所にもう一つ萩之本遺跡も見つかりそこが
弥生時代の水田遺構とそれに関連する灌
漑施設である事が解りました。
高さ10Cmの畦で区切られた
長方形の小区画に細かく
平坦面を作りやすくする為の
工夫で畦には水口と呼ばれる
まわして貯めていったようです。
水田の北側に矢板や杭を幾重
灌漑施設跡も見つかり
ました手の
こんだものです。このような水田を
営む事が生活の中心だった当時の
すごい意義のあることだと思います
が道路建設のための調査で、この
上に橋脚が立ち遺跡が破壊されるのを、みているだけ
しかできないのには心が痛みます。歴史遺産をこわして
まで作る必要があるものでしょうか。
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にぎあわせた
真弓鑵子塚古墳
(かんすづか)の
現地見学会に何は
なくてはと、明日香村
に出かけました。ドーム
古墳の玄室より大きいと
言うのであれば、見のがす
分けにはいきません。
家を出たときから雪でしたが
降り出したのには驚きです
12時前に着いたのですが
られました。降りしきる雪の
中、見終わった方の3時間
ショックを受けながらじっと
寒さに耐えていました。道路
というすごい状態です。左の
こんもりとしたのが目指す古墳
この天気の中引き付けた魅力
が目の前にせまってきました。
羨道から入ります どきどき
しながら進んで行く
400個の石をドーム状
に組み上げて形作られて
高い天井と石の集まりの
空間は素晴らしいもの
だと感心させてくれます
今回は通路が通してあり
下から見ればもっと感動が
違うと思います 奥室から
抜けて出るようになってます
実は4月以降に いつでも
内部に入れるとおっしゃったのにはびっくりで
電気はないので、懐中電灯を持ってくるように
との事でした。
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明けましておめでとう
ございます
誉田八幡宮に初詣に
行きました、今年の
家族、皆様の健康と安全を祈りました。
昨年は15000件のアクセスを頂き、多くの
コメントに元気づけられ、更新する事が
できました、模型の方も昨年は1/72
ばかりですが、17機の完成をみました
これも皆さんの応援と素晴らしい企画の
賜物です、ありがとうございました。
モニュメントに出会い
ました、この辺りは
初めての場所です
古市古墳群の中に
遺跡がまだ他にも
埴輪を焼き上げた
窯跡などがあるそうです、まだまだ
見のがしている所があるみたいです。
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トプカプ宮殿の至宝展が
開かれており紅葉と食事
を兼ねて朝早くから家を
出ました この方の推薦
思いまして、四条烏丸から
歩きます、文化博物館から
さらに北に歩くとありました
ギリシャ正教会の建物です
通りをはさんで裁判所の裏で
した。ちょうどミサが行われて
おり外から見学しました
昼食は市役所裏にある
野菜が食べれるお店
です 寺町通押小路
にある入り口が普通の
民家の建物です。
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細い道を登っていくと
正暦寺に着きます
訪れる人もまばらな紅葉
の名勝でした そんな思いで
入ってくるスポットになって
ました。昔の感動がなかった
遺跡の現地説明会があります
左は京都府相楽郡加茂町に
は早いけどいつも静寂なたたずまい
をみせています。
どちらも最初の感動が
すごい所でした。
渉ると恭仁小学校の裏に
宮跡があります ここも
です草木に覆われて礎石
が顔を出していたすごい
様に広い芝生で整備されて
います 山にかこまれて
木津川にめんしている
のどかな田園地帯に
なのでしょう 当時は
大阪湾から船で琵琶湖
場所ではなかったで
しょうが、不思議です
木造の建物でよく今まで
使われてきたものです
こんな校舎を伝えて
もらいたいです
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東に歩いて河口慧海
生家の碑があります
駅前にリヤカーを
引く像が建っています
下がると山口家住宅が
あります 第二次大戦の
なります 当時はこんな
町屋がずっと続いてた
力強さを感じさせます
大坂夏の陣の戦火を
なのです 鉄砲鍛冶屋敷
のように 今も生活されている
山口家の東側すぐに
浄得寺があります
多く集まっている
地域になります
爆撃の火の手が
せまり、辛うじて
延焼を免れた当時の
証人としてこの柱を
鉄砲が触れる
鳳翔館は阪堺線の
綾ノ町にあります
七道駅のそばにある
射的場もあったのです
道路沿いのさくに
ありますが、なにを
意図してるのでしょう
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文化財を見るため
もう一度堺を訪れます
歩いて15分で鉄砲
鍛冶屋敷に 堺は
発展した町です 生産
現場が残る町家は
次に今も当時の技法
で製造している水野
のように奥に長い建物で
細い通路を進みますと
作業場に 木製のふいご
で熾した松炭が真っ赤に
包丁等を製造していますが
当時の技術が生かされて
法隆寺の五重塔の九輪
に掛てある四本の鎌を
この工房は普段は
見れませんが、店では
もらえるそうです
これがその鎌です
法隆寺の五重塔にあるのは知ってましたが
本物を触らせてもらえたのは感激です。
所で持たしてもらえました
口火を切って引き金も
ひきました めったにない
経験でした。
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明治元年、堺の町へ上陸したフランス兵と警備に当たっていた土佐藩の守備隊との間にいさかいが起こった。フランス兵十三名が殺されるという事態になり、フランス側からの抗議により、土佐藩の者二十名が切腹することになった。フランス公使は切腹の現場に立ち会ったのだが(森鴎外作 堺事件より)
司馬さんの小説にもあった堺事件の現場です
実際にその場に有るのとでは、伝わって
来るものが違います 当時の侍が外国人
ところで起こった事件です 土佐藩士が
切腹した妙國寺の通りにある石柱
が何とも言えずに郷愁をさそいます
こんな言葉でいいのかなと思いますが
もう少し思いやりのある表現にして
ほしかったですが。
幼稚園の運動場になっていて
入っていけません、これでは
その前にある妙國寺にも同じくりっぱな
碑があります やはり自分の目で
見てはじめて実感としてわいてくるものがあります
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文化財が見れると言うので
堺市の大仙公園まで車で
サイクルを借ります、1日300円
は有り難いしBOWの内装8段の
機種が選べて電動もあり同価格で
やはり自転車産業が多いからでしょう
する仁徳陵に、公園の横なんです
一周2500Mは大きいですが立体的に
次に千利休屋敷跡はビルに囲まれた
一角でもう少し景観が整えられたら
良かったのに残念です。旧堺灯台は
当初の場所に現存する最古の木造
港が有って南蛮貿易で発展した
堺のシンボルなのです。旧港の龍女神像は
港の平和と繁栄を願っています 橋脚の下に灯台が見えます。
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大極殿院 南門 の現地説明会
が13時半からあり、早速車で
駆けつけました 以前からこの
前を通ってましたが、広い原っぱ
発掘の上の木が繁ってる所が
大極殿です。そのずーと上が
大勢の方が見えられて
考古学に関心を持たれる世代
この発掘面積の大きさは
すごいです 左写真のおくは
太閤堤の現説、姫路城下でも
長屋門の現説と一つの身体では
来られた方を見つけました。
太閤堤の現説をファイルしたのを
に脱帽します 私もこの後八尾の
プリズムホールにプラモの展示会に
まだまだ家でじっとしてません いい
催しがあれば何処にでも出かける
パワーがありますから。
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やって来ました 去年の
初弘法以来になります この
記事からブログが始まりました
蓮の花がたくさん咲いているのは
を思わせます 今回も外国の方が
数多く見えられて買い物されているのが
だけではないようです この後JR嵯峨野線
花園駅から妙心寺に向いました
ゆっくり散策できました こういう
空間が気持ちを落ち着かせてくれ
仁和寺があります 今まで一度も
ここに伺った記憶がないのは
京都の歴史に触れた感覚が
存分に味わえました
緑の木々に囲まれて気分が
リフレッシュした思いでした。
よく京都に来てたのに
まだ見逃している場所が
あるのは嬉しくなります。
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きれいな花をつけた桜が凛として
かがやいてました。
中千本にある 如意輪寺は
この地でなくなった後醍醐天皇
の陵は裏山にあります、
ですが、この陵は北向きです
もう一つ楠木正行が四条畷の
戦いに臨み かへらじと かねておもへば梓弓
なき数に入る 名をぞとどむる と陵に詣でて
もとどりを切り 堂扉に辞世の歌を遺して出陣
この故事に因み昭和20年3月
梓特別攻撃隊の海軍陸上爆撃機
銀河 24機が西カロリン諸島のウルシー泊地攻撃
機体は落合勝飛曹長の辞世を胴体に書き込んだ
武夫の行くては同じ雲萬里 えみしの空を茜と染めけむ
銀河です この部隊の最年長が27歳から17歳の若者
ばかりだったのです。
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上千本の桜も もう終わりにちかく
それでも多くの人々が、訪れて
すごい人並みが、続いてました。
いつもここまでしかこないのですが
登りつづけます、金峯(きんぶ)
神社までかなりの 登りです
みえます ここに西行庵も
広場の隅に建っているのです
花見の人ばかりでなく、ハイキング
トレッキングの方も大勢こられて
雰囲気です。奥千本と言っても
そんなに沢山の桜がある訳では
ここまで来てよかったと思います
ここは大峰山の入り口になる?
ので女人結界標というのが
有りました。今はもっと先になる
のですが 大峰山と土俵が今もって、守っている
一つのモニメントなのでしょう。
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にも歩いて行ける所に宿がとれて
存分に楽しつもりです。さすがに
ものがあります ここも子供達が
スケッチブックを手にして歩き廻って
おります この年代から本物のすば
らしさを味わえるのは、うらやましい
かぎりです。上の写真はロゼッタ・ストーンで ぜひとも
見ておきたかった一つです。これが象形文字の解読に
役立った実物と思うと、感激ひとしおでした
どれくらいで充電するのでしょうか
近い将来こんなふうになりますよ
ナショナル・ギャラリーです
ちょっと帰りによってくること
です バッキンガム宮殿の
衛兵交代は雨でも多くの
人々が詰め掛けて押し合い満員電車なみ
の混雑でした 一日おきなのでうまく
見ることが出来ました。
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9時で終わりますが、大川
沿いの桜並木は、夜店が
桜も眺め夜店を見ながら歩く
のは楽しいものですJR桜ノ宮
まで人の波がつづき、桜の下では思いもいの
話の輪が出来て、おおいに盛り上がっておりました
ました桜が美しいというので
前回と趣が違っております
を読んでいます 敵を知らず
己を知らず 自分の想像力以外の
作戦に携わった兵士の無念さが
感じられます 部隊はそれは果敢に
戦ったのですが、おおもとの作戦に齟齬があり大勢は
いかんともし難いものだったのです この教訓が太平洋
戦争にも生かされなかったのは痛恨の極みです。
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ナショナル・ギャラリーをこえて国会
議事堂を横にみて、テムズ川を渡り
に着きます。ここには三菱零式艦上
戦闘機52型の操縦席が主翼、カウリング
何処にあるのか探し回り 上にあがり
部屋に入ると、その姿に愕然として よく
と思うと、涙がでてきました。外板を
撫ぜながら、よく残ってくれました
本来見ることの出来ない部署が
まじかに目の前に現れて、細部の
滑油タンクには漢字も見えて当時の
製作工程が分かるようです。肉抜き穴
やリベットの1本1本、脚出し指示板の
作動ギヤーが主脚にかみ合う機構が
方法を採られていたのは堀越技師の
こだわりでしょう。内部色もキッチリ
のこっており、すばらしい資料に
なってます。こんなにさわり放題
もらって幸せではなかったでしょうか
ちなみにカウリングとエンジンは
下から2番目は操縦席を後ろから
みたもので座席は取り払われています
主脚のオレオ部は細部も良く分かります
これからも末永くこの地で世界の人達に
日本の技術の優秀さを示してください。
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された奈良市高畑町にある
頭塔にやって来ました
来てたのに知りません
でした。四角錐の
七段構造の土盛りの塔
でボロブドゥールと
されました。回廊に
そって拝観できるの
ですが、そのお宅が留守の為に、横にある
ウェルネス・イン飛鳥路の駐車場に入れて
もらい見学しました。石積みの塔は迫力が
あり各段に石仏がまつられてあります。
その後朝日新聞に、堺市中区土塔町に
よく似た 土塔 というのがあると載ったので
早速出かけました。
柵で囲ってあります、史跡
公園になるようで、宅地化
ます。こちらの方が大きい
し段数が十三段あります。
築造年代も古く、もっと
多くの皆さんに知って
頂きたい史跡です
奈良にもインドネシア
にもあるなんて、
なんか仏教の広がり
を感じる事が出来ます。
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で金沢に向かいました
大阪7時45分の新快速
で敦賀乗換え、12時25分
金沢着、普通電車は時間帯
が限られるので、ずーと
通勤列車並みの混雑で
それと解る人達でいっぱいでした。地元の方には
いい迷惑だったことでしょう。金沢滞在は4時間しかなく
17時16分発に乗りまた5時間の旅になります
あんまり遠くまで行くのも考え物ですが、近場で
ゆっくりできる所を捜さねば疲れるばかりです。
ゆっくりした事がない
ので、楽しみです
さすが北国雪が
本当はもっと雪が
あるそうですが
これでも風情が
あります、金沢城
から武家屋敷通り
兼六園へと歩きます
に咲いており、雪に
とけあって気持ちの
良い風景をかもし出して
おりました。やはり4時間
では廻りきれるもんでは
ありません、一泊するくらい
で来ない事には、よさがわからないでしょう。
帰りはゆっくり座れて本を思いっきり読む事が
できました。
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くらいの天気の中
新聞を騒がせて
いる摂津富田に
現地説明会を
見学に行きました
JRの中からもう
目に付きます。
駅前からバスが
ありますが、貸し
歩いても30分も
かからない程の
ところです、
たらの話ですが。
こんな大きな古墳が
天皇陵に指定されて
発掘できるのは
喜ばしい限りです
そのために大勢の
詰めかけて、長い
列ができ、関心の
高さが伺えます
これは石室の下
基盤の構造を
示す遺構で
上の石室は城の石垣に転用されたのでは
ないかな?二重の堀を持つ今城塚古墳は
大王陵に羞じない規模で、その大きさは
周りを歩いてみるとよく判ります、石室を
支える構造がどのようになってるかを
知る重要な手がかりを、まじかで見れた
ことにここに来た意義がありました。
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イギリスからもらった手紙の返事を
やっと今日出すことが出来ました。
航空ファンみたいな雑誌を送って
ほしいとのことで、どれが良いか捜して
いたのですが、J Winngs と Scale Aviation
にしましたが、送料をPrinted Matter に
しても航空便でもう一冊分 かかりました。
ところが本文の方は、英訳に手間取ると
ゆうか、思うような文章になりません、おなじ
様な例題がそんなにある分けないので、
電子辞書から使える所をつぎはぎで
並べまくりました。これで通じるかな?
ここんとこ人並みに風邪でぐったりして
やっといつもどうりに、なりかけです
PCを触らなければ、かなりの時間が
もてますね、そんなにどっぷりと漬かって
たんでしょう。
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ロンドンにあるRAF Museum の
スタッフ Mr Gary Campbell 氏より
手紙が着きました、ちょうどロッキード
ハドソンの前でお互いに声をかけ合い
ました、全然話せない英語で、彼も飛行機が
好きで、陸自のヘリコプターを集めている
そうで、その写真が載ってる雑誌を捜して
ほしいと頼まれたりしました。ハドソンの胴体
下まで入れてもらい、魚雷が搭載してある
下面の写真を撮らしてもらいました
住所を交換して写真を撮らしてもらい
握手して別れたのでした、待ちに待った
返事が届いたのです、海外文通は高校以来
のことで英文はどうしよう、エキサイト翻訳が
あるではないか?
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から チッピング・カムデン
に入ります、羊毛産業が
盛んだった当時をしのぶ
上です、下がセント・
ジェームス教会 中世の
面影を残している村
が美しい曲線を奏でる
住宅は、この辺りに
点在しているのです。
迷い込んだみたいな
気持ちで歩き廻った
所です。周りの景観も
に溶け込んだ素晴らしさ
は、時間を忘れさせて
くれます。
手がかかる中で生活
して居られるのは
ここでの生活を楽しんで
られるからでしょう。
周りにこの景観に
相応しくない構造物
は一つもありません、みんながこの建物
風景を愛しているからこそ維持されて
いると思います。イギリスの人がこの地に
思いを馳せるのが良く解ります のんびりと
滞在できれば幸せです。
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の村々を訪ねます
ボートン・オン・ザ・ウォーター
から下に、B4425へ入ると
バイブリーに着きます
童話の挿絵から抜け出た
様な家が、点在している
変えられません
2枚目がホテル・スワン
村を代表する建物です
たたずまいの中に
浸っているだけで
気持ちが落ち着き
向いバーフォードに
ここはA40,A361が
交差するためメイン
ストリートは車で一杯ですが、こんな水鳥が
遊ぶのを庭から見れるのは、羨ましい
かぎりです。川もコンクリートで固められた
護岸では景観もなにもあったものでは
ありません。どこの村にも川が流れ
それが一つのアクセントになり生活の
場でもあるのでしょう。
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コスフォードの RAF ミュージアムを
2時間少し しか堪能出来なかったけど
今日の宿泊地 世界で最も美しい と
讃えられる村々が点在する
コッツウォルズに向います
高速M54、M6、M5
でバーミンガムの
市街を抜けて行きます
16時を回ると暗くなり、目をさらにして標識を
見つめて行かないと、スピードが出てるので
見落とさないように、ひっしです。A417,A436
ここからA429に入れば直ぐなんですが、街灯もなく
真っ暗な知らない道を、80Kmは皆出してるから
ハンドルをにぎりしめて娘は走っておりました。
一つ目の村に入る道を、抜かしてしまい、信号のある
交差点で、ボートン・オン・ザ・ウォータの中に
入ることが出来ました。目指す ホテル ダイヤルハウス
の場所がまったく解りません、自分のいる所も
わからないので、スーパーの前で尋ねて行ったけど
解らず、再度ガソリンスタンドで聞くと、車で2分と
教えてもらい、駐車場に車を入れて捜すと、ホン前に
19時ちょっと前、18時半には
着けると言ってたのに、なにより
無事に到着です。おつかれさん。
いる、2日の夜です川の中に
ツリーが輝いて、寒さにふるえ
ながら、周りを散策しましょう
でています、窓にはクリスマスの
飾りつけがかわいく置かれて
楽しく歩きます。今はオフシーズン
なのでそんなに、観光客も多くないと思ってたけど
そうでもないです。次の朝はくもり、まずは散歩に
ほどで、きれいな水に
鴨が泳いでいます
アーチのかわいい橋が
絵になります
今日は、コッツウォルズ
のいくつかの村を
たずねて、廻りましょう。
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は ハンガーが3つに
分かれており もう一つ
銀色の新館が2月に
2枚目が試作機
が並んだ ハンガー
二棟目は第二次
迎えてくれます
もう興奮が
おさまりません
ほど、シャッター
を切りまくり
ました。バッテリー
も予備を持って来ましたので、なんぼでも
撮れます。3棟目は旅客機が主でJu52
アブロ・アンソンなど、こんなにいっぺんに
見れるなんて、感激を通り越して、頭の
中が混乱しています。
モデルがあり
構造が良く解る
展示です
He177に積まれた双子エンジンDB606
なんか信じられない感動でした。
V1 こんなのも
置いてあるなんて
夢のようです
最後は零戦のエンジン 栄21型がありました
カウリングの兆番の仕組みやプラグ・コード
もよく解ります。このように展示してもらって
感謝いたします。
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スローまで起動車で
10分ほどかかります
ここでレンタカーを
借りてコスフォードのRoyal Air Force Museum
に行くのですが、その場所が地図で見れば
近くだったので、荷物を転がして歩いたのですが
ちっとも着きません、いろいろ尋ねるのですが、
解らないまま、歩いて1時間かかりやっと
ハーツ・レンタカーに、日本で予約したオートマチック
車です、こちらではウインカーとワイパーが逆にあり
あわてた時に、ワイパーが動いちゃいます。
ここから 国道を M40 高速道路まで、なかなか
緊張の連続です、特にラウンドアバウト と呼ばれる
交差点は慣れるまで大変でした。 M42・M6・M54と
高速を140kmぐらいで皆とばします、ちょっと
付いて行けないです、やっと景色を見れ余裕も
でてきました。冬でも青々とした草がしげり 羊が
いっぱい放牧されてます。M54に入るともう直ぐ
ですミュージアムの標識もでて、3時間のドライブ
です。高速が無料というのはありがたいです、が
ガソリンはリッター220円はしますから。
上の写真にある様に
大きなハンガーが
完成まじかで2月に
オープンします、やっと念願の100式司令部
偵察機に対面です、このために日本から
LSのキットを持ってきました、
きれいに修復された機体は、うつくしい
スタイルで迎えてくれました。あなたは
異国の地にあるけど、幸せな運命を
たどっていますよと、感激しました。
こんなに手厚く、展示していただいて
イギリスの方々に感謝いたします。
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1月1日に関空発 12時30分で
イギリスに1日の16時着と言う
13時間の飛行機生活でした
ヒースロー空港からバスで
ウインザーまで荷物を持って
移動ですが、雨が降り もう
真っ黒に陽が落ちて、バス
停留所から宿までの、方向が
まるで解らない時、運ちゃんが
カモンと呼ぶでは、宿の住所を
見せると、もういっぺん乗れと
ジェスチャーするので荷物を
積み込んで発車しました。
バスの中にこの場所をしってる
人はいませんかと、尋ねてくれ
乗ってる人がこっちや、ここから
歩いていけば良いと、英語で
しゃべってました、私には
チンプンカンプンですが。
バス停で無いとこで下ろして
くれました、ほんとに親切な
人達でした。
ブレックファスト
の朝食です
これが定番です
出発 荷物を
転がしてウインザー
の町を駅まで歩きます
れんが造りの趣のある
今日は2日みんな仕事に
出かけるのです、これから
レンターカーを借りにスロー
ウインザー城です 陽が
見えたのはこの時だけ
で後は、曇り雨ばかりで
夏に陽を浴びるのが、よく判りました。
今の時期は これが普通なんです
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2Km程の所に、飛鳥時代前半創建の
古代寺院跡が有ります。その
現地説明会が23日にあり
こんな遺跡が有ると言う事で
なかなか沢山の方が見えられて
説明に聞き入っておられました。
の岡の上にお亀石古墳とよばれる
円墳があります、盛り土はなく
石室が見えており構造がよく判ります
まるで知らない所だったの
です。石棺の天井石が亀の
形に似ているのでこの、名前が
付いたそうです。ここからは
新堂廃寺が真下に見え、市内が
一望に見渡せる、いい場所なのです
そんな所です。
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真田太平記も大坂
夏の陣が終わり
真田幸村の戦死に
大阪城落城と悲しみに
包まれています。その中
玉造にある 真田山
新聞で知りどんな所かな
と思ったのですが、一面に
立つ墓碑には、頭が下がります
した思いです。
此処から北に上ると玉造神社が
あります。この鳥居は阪神大震災
大阪城,上田城、友好城郭締結
記念の特別展が開かれて
いる、大阪城は中国、韓国
天守閣の展示室はまさに、太平記の
世界なのです、今までの登場人物
が、描かれた掛け軸、手紙、鎧
兜等、いままでのイメージが
もっとふくらみました。
冬の陣、夏の陣 屏風に
人々の描写は、その時点に
タイムスリップしたようで
本を読んでも、絵巻物が
進みます。左は安居神社
に建つ 真田幸村戦死の
碑です、太平記を読み
此処まで来たことに
感無量の思いが
あります。
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目指して急な石段を
登ると小さな池の中島に
祠がありそれに石橋が
過ぎてさらに登ると、不思議な
形の宝きょう印塔が現れます
逆光に十字架かな?と
思った程でした。前に
回るとユーモラスな顔が
迎えてくれました、
踏みしめて奥の院
御影堂に、正面は
崖で横から上がります。
中 日の光に浮かんだ
美しさは 息を呑むほど
のものでした。
その横にある 碑は
だれの歌なんでしょう
境内に入ってから
まったく誰にも会わず
し、静寂を堪能しました。
左は本堂横の十三重塔
です、いろいろな石造の
塔が沢山ありました。
本当にこんな近くに素晴らしい古寺がある、
環境に感謝します。
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界隈に戦災を免れた
長屋や町屋などが
数多く残り、昔ながらの
るところです。下寺町の
端に当たるこの辺りも
お寺が立ち並んでいます。
アートにふれることができます
各人が作ったしなもんを持ち寄り
見て気に入ったら買って帰る
沢山の品物が並んでいます。
私も気に入った絵葉書を
買っちゃいました。
若い人達の企画と
それを応援する地域の
人達の協力により
発展する様に願って
おります。左の自転車
のランプは上がロウソク
下がアセチレンカーバイト
ランプだそうです。
最後にあちちのおばちゃん
からほりまちアートの資料をありがとう、参考に
なりました。
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しますが、10月
16,17日は
藤井寺 幸国神社
に駆けつけお参りに
ここは ふとん太鼓の
地車で、私の小さい頃は
このふとん太鼓を見に行ったもんです。
小さい頃から地域の行事に馴染んでおけば
いつまでも、それが記憶として残るはずです。
喜志駅前に集まった
各地区のだんじり
ちょうちんに灯が
見えます。バスの
ロータリーを開放して
の勢揃いは勤め帰り
の囃子に、祭り気分を
高める一助になります。
電車から見えると
ちょっと寄ってこかなと思いませんか?
いつもはそんなに気にかけてなかったのに
一つ一つに思いをこめて見ることが
出来るようになりました。
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は秋祭りの真っ只中、
各地区の地車(だんじり)
がこの時ばかりと
各地区毎に掛け声も
地唄も違い揃いの
はっぴに青年団、子供会
が一体となって、ここ
美具久留御魂神社に
宮入します。
御礼に青年団会長、口上
奉納にわか芝居を地車上
にて公演します。
いつもは静かな境内も
勇壮なだんじりを見る人
でいっぱいでした。
一年に一回の楽しみに
全力を注いだ名残が
未だ我々の血を騒がす
ソーレの掛け声に
未だに興奮がさめません。
大事に後世に伝える
行事の一つではないでしょうか。青年会、子供会
が連携する行事を進めるなか地区の盛り上がり
があれば安心したくらしが出来るのではないでしょうか。
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雄大で見る人を圧倒
します、三門は拝観でき階上に
登れば市内が一望できます。
に、昔と変わらない
たたずまいに、やすらぎを
覚えます。
永観堂があります。
もみじの名所として知られ
色ずいた境内は見応え
初めての拝観に感激
しています。本尊の
みかえり阿弥陀さんは
首を左にかしげ、ふりむいておられるのです。
多くの仏像を見てきましたが ふりむいた
瞬間を仏さんにするなんて、なんとユーモア
いっぱいの お寺さんと仏師なんでしょう。
これだけでここまで来た値打ちがあります。
紅葉の頃にもう一度きたいです。
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京都駅から地下鉄で蹴上駅まで いくと
道路を挟んだ向こう側に線路が
2本その幅の広いこと。 琵琶湖疏水の建設
工場を興し、船で物資の
流通を盛んにする計画
なのです。
物資を積んだ船をそのまま
トロッコに水の上で乗せ
ケーブルカーの様に
ワイアーで引っ張りあげて、上の舟溜まりに
運ぶ線路なのでした。名前をインクラインと
呼んでいます。京都に良く来てたのに
初めて知ったのは、琵琶湖疏水記念館の
おかげです、南禅寺の水路閣は
いたのですが
左のアーチの
上を哲学の道
が流れています。
明治の初めにこの様な
工事が行われたのです。
山側に有り、本堂や三門
に融け込んで少しの
違和感もなくたたずんで
いるのです。
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青空に映えて美しい
一瞬を見せてくれました。
今境内は中金堂の発掘が
終わり 基壇が新しく整備されています。
ここから車で30分 京都府相楽郡加茂町に浄瑠璃寺が
右に本堂が 細長い建屋に
ならぶ九体の阿弥陀如来は
初めて見る人には感動と衝撃
を与えます。また中央の厨子におられる 吉祥天女像は
我々を迎えてくれます。公開の
期日が1月1日から15日 3月
21日から5月20日 10月1日
から11月3日なんです ぜひ公開の時に行って下さい。
時に浄瑠璃寺も五重塔と書きましたが
三重塔だったのです ゴメンナサイ。
本堂と対面して向かい合う姿は
小さいながら 凛とした雰囲気を
漂わせています。初めて来たのは
30年前かな その時の感動は
今でも消えない思いです。
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