阪神沿線そぞろ歩き

Img_5083 阪神芦屋からの

そぞろ歩きに参加

しました 9時半には

Img_5085 沢山の人が集りビックリ

します 谷崎潤一郎記念館

から海辺の水路を散策します

Img_5088 途中にげんき足湯がありました

こんなとこにと思う場所です 湯

は少し熱めですが、気持の良い

Img_5091 ものです 水路になっており

カヌーの練習に余念がない

みたいです モーターボート

Img_5097 が横を抜けていきます

波に翻弄されるには

可哀想な位でした

Img_5102 海と山に挟まれた西宮

から神戸までそれぞれの

風景を見せてくれます

今までと違った道を歩く事が、出来て楽しい

ひと時を過ごせました。

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平野屋新田会所跡

Img_5082 大東市にあります

平野屋新田会所跡

行きました JR住道駅

Img_5059 から東に歩いて20分

ほどのところです 

以前新聞に会所跡を

Img_5057 保存できずに取り壊す

と出ておりその後どう

なったかと思っていたら

Img_5060 石組みや庭園、船着場

の遺構がでたとのことで

したが、こんな殺伐とした

Img_5058 見るものに感動を与えない

現地説明会もありません

ここも調査後更地となり

Img_5065 住宅地になり、何も

残らずなくなります

あまりにも悲しい光景に

Img_5070 呆然とします 以前は

うっそうと繁った木々が

今は二本だけ残されて

Img_5079 います 

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大和川 難波大道

Img_5041 キトラ展から帰って

今度は現地説明会の

ある大和川まででか

Img_5023 かけます 近鉄河内

天見から雨の中25分

しっかり歩きます 難波

Img_5027 宮跡から真南に進む

古代の官道跡が見つかり

ました 道幅17mで両側に

側溝があります 平安時代に廃止され畦畔

(へいはん)と呼ばれる畦が中央に残っています

雨が強くなっても大勢の方がみえてられ解説に

聞き入っておられます。ここも阪神高速の工事に

より埋められてしまいます

Img_5036 帰り道住宅の中を歩いて

いると出雲大社に出会い

ました こんな身近な所に

Img_5037 あるなんて歩いてみないと

分からないもんです 

今日は色々な出会いに

感謝します。

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吉野山 奥千本まで

Img_4442 やっと天気に恵まれる

かなと 吉野に桜を探して

やって来ました 上千本も

もう終わりに近く 水分神社

の しだれ桜が、ちょうど見

Img_4441 頃になっています 最後の

休日を桜と過ごそうと、多くの

人達が上へ上へと登って

Img_4453 こられます 水分(みくまり)

神社から金峰神社まで

かなりきつい登りで、そこを

車も通るのです 金峰神社

から奥千本まで雨で

Img_4450 ぬかるんだ小道をさらに

登ります、左は義経隠塔

があります 

Img_4446 奥千本は標高が高い

ので今が見ごろに、ここ

まで登ってきた甲斐が

あります この広場に

西行庵が残されていま

Img_4448 した この場所は大峰山

の修行者しか通らない

所で、芭蕉も訪れて

います 苔清水で

一句詠んでおられます

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高取城にて Ⅲ

Img_4350 本丸広場の周りは

このように切り立って

おりスリルがあります

本丸から国見櫓跡を

みて宇陀門跡まで

Img_4368 下り坂です途中の

石垣も崩れている箇所

もあり整備の大変さが

Img_4369 うかがえます。国見櫓

から見た大和平野奥の

コブが在るのが二上山

左が葛城山、右が生駒

中央が橿原神宮 

Img_4370 少し行くと明日香でも

みた猿石、右に行くと

石舞台につきます

Img_4383 左に下ると大手筋

土佐に、途中家老屋敷

長屋門まで40分の

Img_4385 くだりに足がわらい

だします、こちらからの

登りは薦められません

Img_4386 長屋門を過ぎると

城下の町なみに

はいり道の両側を

Img_4405 水がながれています

当時の面影が残る

軒先におひなさまを

見ながら、近鉄壷阪山駅に来ます

ここからバスで壷阪寺に戻り車で

帰途につきました。

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高取城にて Ⅱ

Img_4343 城郭の中に入ると

石垣もきれいに整備

されて別な世界に

Img_4341 迷い込んだ感覚に

なります。

左は本丸下の櫓

Img_4347 があったところ

次が本丸の石垣

このような本格的な

Img_4354 城が築かれたのは

豊臣秀長の財力が

あったからでしょうか

Img_4362 この立っている所が

天守です 枡形の

つくりがよく解る

Img_4364 場所です

何となくアステカの

石造物を思わせる

つくりに見えます 見晴らしもサイコーに

よく大峰の山はまだ雪をいただいて

こんな景色を見れるとは思いませんでした

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高取城にて Ⅰ

Img_4324 壷阪寺から五百羅漢

回廊をへて車道に出て

少し行くと城への上り口

Img_4372 に来ました 植村氏2万

五千石の城郭は近世の

山城の形態をよく残して

Img_4326 います 杉木立の間を

登っていくと石垣が

あらわれます

Img_4328 杉や蔦、雑草に巻か

れた石垣もありますが

きれいに整備されて

Img_4329 美しい姿をみせて

くれています。こちらが

壷阪口になります

Img_4330 司馬遼太郎さんの

短編全集四に おお

大砲 というのがあり

Img_4334 幕末 天誅組が高取

城を攻めた時のことが

描かれています

Img_4336 これを頭に描いて

きますと、とても槍と

刀で落ちるような

Img_4335 城ではありません

が、太平をむさぶって

いた武士では守り

切れたか疑わしいです。当時の櫓が

この石垣の上にあったのです。

杉の木がなく漆喰の白さに

巽高取雪かとみれば

雪でござらぬ土佐の城

と読まれたぼどの美しさだったのです。

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壷阪寺から五百羅漢の回廊

Img_4287 高取でひなめぐりが

有るというので、車で

壷阪寺まできました。

Img_4288 ここに車を置いてお寺

の拝観はパスして高取

城に向いますが途中に

Img_4290 五百羅漢の回廊があり

そこを巡って行きます

落ち葉が一面敷き詰めた

Img_4291 道を少し登ると岩に彫り

込まれた仏様がみえます

こんな一枚岩に沢山の

Img_4292 羅漢さんが彫られて

いるのは初めて見ました

岩がもろく割れて崩れてる

Img_4295 所もありますが力強さが

感じられます 曼荼羅も

岩に掘り込まれており

Img_4298 山を登りながら岩が

あるとそこに、いろんな

仏様が現れてくるのです

Img_4306

こんな素晴らしい演出が

がされてるなんて、

驚きの連続でした

Img_4316 車で城跡まで登ると

見のがしてしまうおそれ

がありました

Img_4322 こんなにいろんな

容姿の違った仏様が

見える場所は他に

Img_4323 ないでしょう

次は高取城です

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高取 町家のひなめぐり

Img_4412 奈良県高取町

土佐町なみ 町家の

ひなめぐりに行きました

Img_4388 高取には壷阪寺や

壷阪霊験記のお里沢市

難攻不落の高取城跡

Img_4390 があり 一度に紹介

できないので ひな

めぐりから、寺内町

Img_4393 でもありましたが

三月中ずっと開催

されています 高取

Img_4400 城に続く大手筋の

町家に飾られた

おひなさまです

その横に由来や

感想が書き込まれた

Img_4399 色紙が添えられて

いました、温かい

言葉に我が家の

Img_4402 おひなさまも、

飾ってやらなければ

と思いました。この地が

Img_4363 なぜ土佐と言われるのか

解らなかったのですが

そうだったのです 左の

碑は城跡にありました。

やたがらす の新酒

フルーティなかおりでいくらでもすすみます。

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寺内町 雛めぐり その2

Img_4217 お雛様を見て歩きながら

スタンプラリーも同じ様に

地図をみながら最短距離

を探します 

普段は公開されていない

Img_4177 勝間家に入れます

南の端に位置して

下方に石川を望む

Img_4178 所です 茶室もあり

往時の生活文化が

しのばれます

Img_4181 左の容器を見た

ことある方は同世代

ですね かなり凝った

作りでこんないいのは

知りません

Img_4197 楽しい一日を

過ごすことが

できて良かった

です また5月端午の節句

8月の燈路 10月の

後の雛まつり があり 楽しみに

しています。

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寺内町 雛めぐり その1

            Img_4210_2

富田林市寺内町は

伝統的町家が昔

ながらのたたずまい

で残る重要伝統的

建造物群保存地区

Img_4150_2 です その町家の

土間や軒先、ショー

ウィンドウなど100

Img_4153_2 箇所ほどに美しい

お雛さんが飾られ

ています。この町家

Img_4159_2 によく似合ってかわい

姿があちこちで、向えて

くれます。

地域活性化の一環として

取り組まれ地域の各団体

Img_4164 と連携してこの催しを

進められた事に感謝

いたします。

Img_4172 大勢の方がみえられ

さながらオリエンテーション

のように地図を見ながら

Img_4174 歩き廻り 同じスタンプ

ラリーもあり景品が当たる

ように願いました。

Img_4195_2 なんとも笑いが

でそうなアイデアで

軒先に飾られて

Img_4189 おります。

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川西根成柿、萩之本遺跡

Img_3728 今週も現地説明会が

奈良でありました

中和幹線道路の工事に

Img_3701 先立ち遺跡が無いか

試掘したところ、発見

されたそうで、弥生前期

Img_3707 の環濠集落で大溝で

囲まれた大規模な農耕

集落です、人口増加に

Img_3710 伴い居住域を広げて

大溝9までなってそこに

橋が架けられた跡もわか

りました。川西根成柿遺跡の南500mの

所にもう一つ萩之本遺跡も見つかりそこが

弥生時代の水田遺構とそれに関連する灌

漑施設である事が解りました。

Img_3713 水田跡は幅30から40Cm

高さ10Cmの畦で区切られた

長方形の小区画に細かく

Img_3717 分けられています。これは

平坦面を作りやすくする為の

工夫で畦には水口と呼ばれる

Img_3721 切れ目があり、順々に水を

まわして貯めていったようです。

水田の北側に矢板や杭を幾重

Img_3723 にも打ち込んでつくられた

灌漑施設跡も見つかり

ました手の

こんだものです。このような水田を

営む事が生活の中心だった当時の

Img_3726 様子が集落と共に見つかったのは

すごい意義のあることだと思います

が道路建設のための調査で、この

上に橋脚が立ち遺跡が破壊されるのを、みているだけ

しかできないのには心が痛みます。歴史遺産をこわして

まで作る必要があるものでしょうか。

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真弓鑵子塚古墳

Img_3676 8日の新聞を

にぎあわせた

真弓鑵子塚古墳

(かんすづか)の

現地見学会に何は

Img_3672 さておいても行か

なくてはと、明日香村

に出かけました。ドーム

Img_3673 状の石室は珍しく石舞台

古墳の玄室より大きいと

言うのであれば、見のがす

分けにはいきません。

家を出たときから雪でしたが

Img_3638 奈良に入るとますますきつく

降り出したのには驚きです

12時前に着いたのですが

Img_3639 なんと長蛇列に唖然とさせ

られました。降りしきる雪の

中、見終わった方の3時間

Img_3643 待ちの見学3分という言葉に

ショックを受けながらじっと

寒さに耐えていました。道路

Img_3647 では車が滑りながら降りてくる

というすごい状態です。左の

こんもりとしたのが目指す古墳

Img_3651 です さすがにこれだけの人が

この天気の中引き付けた魅力

が目の前にせまってきました。

羨道から入ります どきどき

しながら進んで行く

Img_3653 玄室は1から3トンの

400個の石をドーム状

に組み上げて形作られて

Img_3657 います 確かに大きく

高い天井と石の集まりの

空間は素晴らしいもの

Img_3664 で よく維持できるもの

だと感心させてくれます

今回は通路が通してあり

Img_3670 実際より低く見えますが

下から見ればもっと感動が

違うと思います 奥室から

抜けて出るようになってます

実は4月以降に いつでも

内部に入れるとおっしゃったのにはびっくりで

電気はないので、懐中電灯を持ってくるように

との事でした。

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金剛山から千早城跡

Img_3485 金剛山に登りはじめると

直ぐに楠木正成がこもった

千早城跡に登る分かれ道

Img_3457 にかかります 帰りに寄る

ことにしてまず山頂に向い

ました ここからすぐ上に

Img_3461 伝正成首塚があります

車で来る途中に正成ゆかりの

観心寺もありそこが正成

Img_3482 首塚の本家だと思います

わき道を登ると二の丸跡に

三方を崖に囲まれて建つ

城は天然の要害を彷彿

させます 太平記の世界

Img_3483 でのシーンが浮びます

ここからの下りの階段は

すざまじい数と角度に足が

踊るほどの衝撃を受けます 登りはもっと

こたえるので、こちらに廻る人は殆ど

いないです

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金剛山へ雪中登山

Img_3473 大阪と奈良県の

県境にある金剛山

に出かけました家

Img_3478 から車で45分で登山口

に着きます 数年ぶりに

なりますが体力の衰えは

Img_3480 顕著に表れ続々と追い

越され息が上がります

途中から残雪が有りアイ

Img_3462 ゼンをつけての思い

がけない雪中登山に

なりました。ここは四季

を通じて登山者が絶え

ませんが私達の年齢が

Img_3470 一番多いようで、手軽な

健康運動になります

体力のバロメータになる

Img_3459 登山は1時間15分かか

り山頂に到着しました

すがすがしい空気に

ふれる気持ちの良い時間でした。

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誉田八幡宮

Img_3448     謹賀新年

明けましておめでとう

ございます

Img_3447 羽曳野市にあります

誉田八幡宮に初詣に

行きました、今年の

家族、皆様の健康と安全を祈りました。

昨年は15000件のアクセスを頂き、多くの

コメントに元気づけられ、更新する事が

できました、模型の方も昨年は1/72

ばかりですが、17機の完成をみました

これも皆さんの応援と素晴らしい企画の

賜物です、ありがとうございました。

Img_3452 帰りにこんな

モニュメントに出会い

ました、この辺りは

Img_3451 よく通っていたのですが

初めての場所です

古市古墳群の中に

Img_3453 有るのですが、こんな

遺跡がまだ他にも

埴輪を焼き上げた

窯跡などがあるそうです、まだまだ

見のがしている所があるみたいです。

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曼殊院から圓光寺まで その2

Img_3242 曼殊院を出て山裾の

道を進むと馬頭観音の

碑がありました そこも

真っ赤に色付いて

思いがけない出会い

Img_3236 に出くわす喜びが

ありました 何気ない

佇まいのなかに

市内を見下ろす

一角に 圓光寺が

Img_3244 あります 本堂から

眺める庭園の美しさ

にしばし見入って

Img_3246 おりました 徳川

家康公 開基という

この寺院は今まで

Img_3248 名前知らずも来た事も

なかった所ですが

すごく良かったです

Img_3255 ここにも家康の

墓が有ったなんて

ビックリです もみじ

の美しさに誘われてここまで来た甲斐が

ありました また ももりさん に案内して

頂いて京都を楽しみたいとおもいます

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曼殊院から圓光寺まで

Img_3201 食事の後は市役所前

からバスで松ヶ崎まで

もっと近くに行くバスも

Img_3202 あったかも解りませんが

妙法の火床を見ながら

鷺森神社につきます

Img_3235 参道からもみじの

トンネルで落ち葉の

敷かれた道を楽しむ

Img_3208事が出来ます ここ

から20分くらいで

曼殊院に着きます

門跡寺院なので

格式があります

Img_3209 築地塀に五本の

線があるのが一番

格が高いそうで。

Img_3227 庭はきれいに色

づいてそれは

心にしみる美しさ

です 縁側に座って

いると、気持が

Img_3221 癒されるように時間が

過ぎていきます

そんな意図をもって

いる庭園のつくりが

伺えます

Img_3232 陽に映えた紅葉が

つらなっている下を

歩けるのが最高でした。

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京都文化博物館から

Img_3189 京都文化博物館で

トプカプ宮殿の至宝展が

開かれており紅葉と食事

を兼ねて朝早くから家を

出ました この方の推薦

Img_3190 された所にも訪ねて見ようと

思いまして、四条烏丸から

歩きます、文化博物館から

さらに北に歩くとありました

ギリシャ正教会の建物です

Img_3193 ちょうど御所の南側に丸太町

通りをはさんで裁判所の裏で

した。ちょうどミサが行われて

おり外から見学しました 

昼食は市役所裏にある

Img_3196 ア・ターブルに おいしい

野菜が食べれるお店

です 寺町通押小路

            にある入り口が普通の

            民家の建物です。

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海住山寺から高麗寺跡へ その2

Img_3183 山城の国 木津川沿いに

二つの現地説明会が

有りました それに参加

Img_3181 したくて、正暦寺から

浄瑠璃寺、海住山寺と

欲張ってまわって来たの

でした。高麗寺跡は恭仁

宮跡の西側車で10分

Img_3164 程の田んぼの中に

あります それでも大勢の

方が見えられて関心の高さ

Img_3168 が伺えます、私と同世代の

メンバーが多いのは、仕方が

ないのかも。南門跡の向こう

に木津川が流れて行き来する

船からその存在感を表すために

Img_3167 当時使われてなかった鴟尾と

築地塀を備えた立派な門が

有ったそうです それが今回

Img_3173 発掘されてどの様な構造か

推定されるに至ったのです

左が築地塀が内側に倒れた

Img_3178_2 跡の瓦の配列がわかる遺構

だそうです 

Img_3174

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海住山寺から高麗寺跡へ

Img_3150 恭仁宮跡から東の山側

中腹に海住山寺があります

細い民家の間を抜けて山

Img_3128 道(曲がりくねった急な道)

を登りきると、思いもかけない

空間に到達します。昭和48

年に大阪ユースホステル所属

グループP子というメンバーと

Img_3157_3 サイクリングで訪れました。

それから34年ぶりの再会

です当時はYHを営んで

おられたのでした。

本堂の裏に登る道は

Img_3146 イチョウの落ち葉で

敷き詰められている

それは美しい光景に

出くわします、一瞬

息を呑むように

Img_3134 見上げました

知る人ぞ知る隠れ

古寺なのでしょう

紅葉がそれは

透きとうるような

Img_3149 美しさで目を

楽しませて

くれます 

青い空との

コントラストが

何ともいえません 

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正暦寺から恭仁宮跡

Img_3092 奈良県天理から東に

細い道を登っていくと

正暦寺に着きます

Img_3096 30数年前は人知れず

訪れる人もまばらな紅葉

の名勝でした そんな思いで

Img_3088 訪れたのですが観光バスが

入ってくるスポットになって

ました。昔の感動がなかった

Img_3104 のです 今日は山城の2ヶ所で

遺跡の現地説明会があります

左は京都府相楽郡加茂町に

Img_3101 ある浄瑠璃寺です まだ紅葉に

は早いけどいつも静寂なたたずまい

をみせています。

どちらも最初の感動が

すごい所でした。

Img_3107 ここから北に木津川を

渉ると恭仁小学校の裏に

宮跡があります ここも

Img_3109 35年前に訪れた所なの

です草木に覆われて礎石

が顔を出していたすごい

Img_3110 所でした。ここも藤原宮の

様に広い芝生で整備されて

います 山にかこまれて

木津川にめんしている

のどかな田園地帯に

Img_3127 都ができたのはナゼ

なのでしょう 当時は

大阪湾から船で琵琶湖

Img_3112 まで上れたそうで不便な

場所ではなかったで

しょうが、不思議です

Img_3120 恭仁小学校はすべて

木造の建物でよく今まで

使われてきたものです

こんな校舎を伝えて

もらいたいです

Img_3122

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堺文化財特別公開 その5

Img_3077_2 南海本線七道駅から

東に歩いて河口慧海

生家の碑があります

駅前にリヤカーを

引く像が建っています

Img_3014 そこからさらに南に

下がると山口家住宅が

あります 第二次大戦の

Img_3015 爆撃に免れた一角に

なります 当時はこんな

町屋がずっと続いてた

Img_3005 そうで、太い梁が

力強さを感じさせます

大坂夏の陣の戦火を

Img_3011 受けた後復興した建物

なのです 鉄砲鍛冶屋敷

のように 今も生活されている

Img_3009 家屋が少なくありません

山口家の東側すぐに

浄得寺があります

Img_3019_2 この辺りはお寺が

多く集まっている

地域になります

Img_3018 このお寺の横まで

爆撃の火の手が

せまり、辛うじて

延焼を免れた当時の

証人としてこの柱を